そばにいる



「だから、じいちゃんも親父も、お前に封じる技だとかそういうものは教えてこなかったし、呪いが纏わりつくのもそれが原因だ」
虎彦が話していることが、どこか遠くに聞こえる。
「それは葵を"箱"として扱っていたようなもので、呪いについても本当なら、どうにかする方法があったはずなんだ」
私が、箱の一部。以前アマイモンに言われたことを思い出す。
"人のとも違う"、"不思議な匂い"。あの時は何故そんなことを言われるのか分からなかったが、こうやって真実を知れば嫌でも理解する。――私は、人ではなくなっていたのだ。
「葵?葵!」
呼ばれてはっと意識を戻す。虎彦は私の両肩を掴んでこちらを見ていた。
「大丈夫か?」
「こ、ンなこと聞いて、大丈夫な人がいるか見てみたいよ……」
ふと思う。燐もこんな気持ちだったのだろうか。彼は一定の年齢まで人間として生きてきたと言っていた。悪魔なんて関わりもなく、ただ普通の人として生きてきていたと。それが突然ある日を境に変わる。お前は「悪魔」だと言われ、燐はどんな風にそれを受け入れたんだろう。
「俺はそのうち、お前ごと"箱"を預かる予定だったんだ。それを聞いたとき、正直、俺はからかわれているのだと本気で思った。葵は、疑わないんだな」
「……声を聞いてた。それに良く考えれば、私はほとんどの悪魔と会話を、」
クロの言葉が分かったのも、きっとこれだ。
「元は色んな悪魔の、力や身体の一部を入れたと聞いてる。そのものになっているなら、悪魔の言葉を理解するのも容易いだろ」
両肩から手を放されて、今度は手を握られた。そうして引っ張られるように奥へと進んでいく。小さい頃は、こうやって引きずりまわされて遊んでいた気もする。
「でも、いいの?」
虎彦は、あの"箱"を預かる予定だと言っていた。なのにそれを私が持ち出してしまえば、それは白紙になるだろう。
「預かり者」は、その預かっている物の強さで、仕事が決まっていくこともある。家を継ぐものが一番危険なものを抱えると言うのは、よくあることだ。
「ああ、いい。それに俺の手に負えるかも分かんないしな」
「それだけ?」
「?」
「それだけが理由?」
虎彦の眼が泳ぐ。
「ちょっと、」
「……分かった!分かったから!」
後ろから蹴ってやろうとしたら、慌てて離れていく。
「葵、祓魔師になりたいって言ってただろ」
「……うん」
「あの"箱"はさ、使えば使うほど、呪いが弱まっていくタイプなんだよ。あれは元々悪魔対武器で、それとしては完成してた。出来損ないっていうのは、使用者も殺すからってことだったんだ」
けれど屍に"箱"を使った私は、なんともなっていない。
「でも一部である葵なら、なんのリスクもなくそれを扱える。ならそれを本来の使用法で使い切れば、おそらく、」
「……武器でなくなる」
「そう。おそらく残るのは、人としての葵」
差し出されたのは希望だった。前例なんてないだろうから、それが確実だと言う保障はない。でも、この桐野の家で預かられているよりは、ずっと可能性がある。
「だから俺は、俺の独断でお前を外に出す。誰にも文句は言わせない。葵は、呪いも何にも関係なく、生きていけるんだから」
区切られ、力強く吐き出された言葉。私がどうしても欲しかった、普通の人と関わって生きていく方法。
燐は悪魔として、祓魔師になって進むだろうと理事長は言っていた。私は人間になるためにも祓魔師になる。それにきっとこの"箱"は、燐の手助けも可能だ。呪いがなくなるその日まで、私は燐の側にいる。いられる理由が出来た。
「"箱"をコントロールする術を身につけろ。何せこれに関しては初めてだが、別の預かりものに関しての資料なら多少ある。人がその一部なら、かなり操ることができるみたいだ」
ようやく目の前が開けた。そこにあるのは部屋で、赤や白い紐がいくつかぶら下がっている。桐野で預かっている、力のあるものばかりなのだろう。
虎彦は一番奥の、一番厳重に紐が掛けられている場所まで歩いていった。そうして何かを唱えて、さっさと紐を外し始める。
「帰ってくる前に持っていったほうがいいからな。……ほら、これだ」
虎彦の手元を覗き見る。そこにあったのは、古びた箱ではなかった。
「……?」
「感謝しろよ。お前が持ってくだろうと思って、出来るだけ持っていやすいようにしておいた」
私の両手に納まるくらいの、小さな箱だった。色は綺麗な空色で、小さな金具がついている。これは蓋だ。
「結界も兼ねた入れ物。これなら気兼ねなく、鞄でもどこでも置いておけるだろ。これが鍵」
紐が通してある鍵を、そっと首に掛けられる。
「この入れ物は相当丈夫だ。実は普通のものは全部燃えちゃってな。高いから壊すなよ」
言葉に詰まる。ようやくひとこと礼を口にすれば、虎彦は笑った。
"箱"本体を持ち出させたと分かれば、当主を継ぐ彼だって面倒な立場になるだろう。でも、行かせてくれるのだ。私の、望みの為に。
「頑張れよ、葵」


...end

燐の為に祓魔師になるはずが、いつの間にか自分のためにもなっている。でもこれで、葵は堂々と決断することが出来るのだ。
20140705
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