人間は悪魔に対抗するために悪魔の力を使おうとしたけれど、そう簡単にうまくいくはずもなかった。手騎士のように悪魔に命じるのではなく、力を自分自身で操ろうというのだ。人の体も耐えられないし、何より様々な危険がある。
そこで考えられたのは、力自体を何かに閉じ込めて、それを少しずつ取り出していくという方法だった。確かにこの方法は、理論上では可能だったのだ。どんなにリスクが高くとも、失敗したときに何が起こるか分からなくとも、出来ないことではなかった。
人はどうしても悪魔に対抗しなければならなかったから。


箱の真実


「武器のなり損ない?」
虎彦の言葉を復唱する。武器のなり損ない。
確かに良く考えれば、武器と言えなくもないような気がする。少なくとも箱は私を守ってくれたようだったし、悪魔もそれによって消滅したはずだ。
けれど私は、そんな話一度だって耳にしたことはなかった。ただ預かっていろ、と。私は小さな頃「箱」を触ってしまったから、預かるしか方法がなくなったのだと。
「お前がそういう顔をするのも仕方ないよ。知らなくて当然だ。だってじいちゃんも親父も、ほんとのことは全部隠していたんだから」
虎彦の表情が少しだけ歪んだ。何か嫌なことを思い出して耐えるような、そんな仕草。
「葵には少しショックなことかもしれない。俺も話を聞いたときは、どうしたらいいのか分からなかった。正直じいちゃんに、失望も、した」
「……」
「でもそれが必要だったと言われれば、俺はそれに納得するしかなかったんだ」
その声は、本気だ。きっとこの先を聞けば、私は兄さんの言う通り、何かに失望することになるのかもしれない。でもここまで聞いてしまったら、その先を知らずにはいられない。
それに、燐の側にいたい。そうするには知らなければならないのだ。
「いいよ。話してよ、虎彦。私は知らなきゃいけない。あの預かり物を外に出そうとしてるんだから、多少のことなら覚悟はある」
「俺は話したくなかったよ。でも葵には知る権利がある。お前がどうして呪いを受けるようになって、なおかつその呪いが他人へ影響するようになったのか」
虎彦が小さく息を吐いた。
「進みながら話そうか」



「なら、もってかえって!すきでこうなったんじゃないんだから!!」
"それ"を持ってきた祓魔師に投げつけたのは葵だった。
見た目は古いもので、つなぎ目はあるのに開け方の分からないただの箱。表面は黒く汚れていて、少なくとも触れたいと思えるようなものではなかった。
それを持ってきた祓魔師たちもそれに触れることなく、出来る限り離れていて、持ってくるのにも交代で持つという徹底ぶりだ。
けれど葵は、それを持って人へと投げつけた。後々理由を尋ねれば、彼女は許せなかったのだと言う。
「だってあのひとたち、わたしたちのわるぐちをいってた。もってくるのはむこうなのに、あつめてわるいことしてるんじゃないかって」
祓魔師には、そう陰口を叩くものもいる。預かり者は有名ではないが、知る人ぞ知る家ではあった。どうにもならないものを集めてどうにかしてしまうのだ。それを妬んだり、恐怖を感じたりするものもいたということだろう。
小さな葵には、それが耐えられなかった。普通ならそう感じるのは当然のことだっただろうし、桐野家のものもうんざりしている部分もあったから、投げつけたのが"箱"でなければ笑い話にでもなっていたかもしれない。
けれど、投げたのは、触れたのは、紛れもなく"箱"だった。
「あ、あああああ、なんて、なんてことを!!」
投げつけられた祓魔師はひどく取り乱して箱を払ったが、血の気が引く以外の症状は何も出なかった。それはその祓魔師がその箱を使用したり、封じようとしていなかったからだと思われる。
ともなれば、それを何か分からぬまま投げつけた葵も、問題なんてないはずだった。けれどそうはいかなかったのだ。
葵は、当てられた。
葵が預かり者だったからか、投げたことが攻撃と見做されたのか。原因は分からなかったが、とにかく呪いに取り込まれた。すぐに死ななかったのは、恐らく桐野の一族が、悪魔に強かったからというのもあるだろう。けれど、死ぬのは時間の問題だった。
「……方法はある。桐野の方法が」
その切羽詰った中での葵の祖父の言葉に、その時点で拒否できるものは一人たりともいなかった。

「……私そんなにやんちゃだったの」
話の途中で腰を折らずにはいられなかった。だってまさかそんなことがあったなんて。小さい頃のことは、記憶が曖昧だ。特に預かりものをする際のことなんて、ほとんど覚えていない。
「まあ、祓魔師のあの態度にも相当きてたからな。俺も何度追い返してやろうと思ったかしれない」
虎彦はそう笑うが、こちらは笑いごとではない。
「ま、こっからが本題だ。じいちゃんの、桐野の技」
「うん」

「はこの、いちぶにしたんだよ」

「……え、」
一瞬、聞き間違えかと思った。足を止めて聞き返す。
「えっと、え?」
「だから、"箱"の中に、お前を組み込んだんだ」
言葉が素直に、理解できなかった。覚悟はしていたはずなのに、言われていることに頭が追いつかない。
そうだ。屍がこちらを攻撃した時、何が聞こえた?自分の、死ぬことへの恐怖だけではなかったはずだ。
"わたし。ちがうでしょう。わたしたちのいちぶがなくなる。"
ああ、そうだ。聞こえていた。私は箱の言葉を、確かに聞いていたのだ。――自分の中から。
...end
衝撃の事実。
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