考える。一体いつ、私は理事長の思惑の中に入っていたのだろう。出会った時はこの悪魔に触れられない体質のことは知らなかったはずだ。
まあ、もう決めてしまったこの状態で、何をどう考えてもどうにもならない。それよりも今この時点で考えるべきことは、もっと他のこと。
これから私は、自分の預かりものを取りに行く。即ちそれは、桐野について詳しく知るということなのだから。


帰省


あんなことがあった後なのに、予定通り実家の前にいることが何だか不思議だ。私は自分の家の前に立ち尽くしながら、そっと溜息をつく。
一応虎彦には帰ることを伝えてある。他に家の者がいないというのも確認済み。
今度は心を落ち着ける為に深呼吸する。そうして桐野家の敷地内に入った。
普通なら一番初めに玄関へ向かうのだろうが、私はすぐさま蔵へと足を進めた。早めに預かりものを持っていたかったから。

蔵には特別な封印や鍵はされていない。中に入っているものを盗もうとするものは普通いないし、何より中で個別の封がされている。随分昔一度泥棒が入ったことがあったらしいが、警察に届けは出さなかったそうだ。
余りに曰く付きな物で、表に出せなかったのかもしれないが。勿論、盗人がその後どうなったかは知らない。
閂を外して扉を開ける。埃っぽくはないが、窓はないから真っ暗。入り口に近いところは多少見えるが、奥のほうは何も見えない。
鞄の中を軽く探って、ペンライトを出す。中を照らせば、蔵の様子は良く分かった。
「物が少し増えたかな……」
物を入れる箱の数が少し多くなった気がする。私が学校にいる間も、何かしら預かったのかもしれない。
コツコツと音を立てながら奥へ向かう。自分の預かりものは、奥で独自の結界に……。
「あれ?」
なかった。普段は赤い紐でぐるぐる巻きにされた箱があるはずなのだが、そのあるべき場所に、その形跡が無い。
「え、うそ、どうして」
まさか隠された?あれは持ち出してはいけないものなのだろうか。
虎彦なら知っているだろうと、蔵の外へと足を向ける。多分家の中にいるはずだ。一歩踏み出した瞬間だった。
がこん、と何かが外れる音がした。嫌な音。木の蓋が外れるようなものに聞こえて、私は思わず身構える。
この蔵のものは、基本的に封じてある。だが時折、そういったものを破るものもいるのだ。呪いが強かったり、封じが弱かったり。原因はいくつかあった。
もし今の音が何かの預かりものの封が外れてしまったものなら、私はここから全力で離れなければならない。私は自身の預かりモノの封じ方は分かるが、それ以外は学んだことがなかった。対処することなんて出来ない。
音のした方を、ペンライトで恐る恐る照らす。するとそこには、二つの目がこちらを覗いていた。
――よく知った人間の目で。
「虎彦、」
知っている人が覗いているとわかっても、心臓には悪い。引きつったような私の声に、兄さんも悪いことをしたと感じたらしい。あっさりと顔を出す。
「どうして床から出てくるの」
私の言葉の通り、虎彦は床から出てきた。よく見ればそれは仕掛けで、どうやら蔵の地下への道らしい。私ははじめて見る。
「どうしてって、お前が箱が必要だって言うから……そういえば、葵はこれ知らないのか」
虎彦が軽く仕掛けの扉を叩く。それに素直に頷けば、兄さんはおいでと私を手招きした。
「どうせなら案内ついでに話すよ。時間も勿体ないし、感づかれたら面倒だからな」



蔵の地下は随分と古い物のようだった。しかも人が作ったというよりも、元からあった地下の洞窟を人が使えるようにしたと表現したほうが正しいかもしれない。壁は岩でごつごつしていて、時折補強するように板が張ってある。
「蔵の地下に、こんなところがあったんだね」
「まあな、上に置いておけない大きなものを置いておくための場所だ。大体箱だったり、呪いそのものだったりするけど……」
先を案内するように歩いていた虎彦は、一旦言葉を止めてこちらを向いた。
「今は、箱が二つだけ、だ」
兄さんの手に持たれた懐中電灯もこちらを向く。それが眩しくて目を細めると、虎彦は笑って光の先を下げた。
「箱は、お前のとじいちゃんの。本来なら親父のもあったんだけど……喰われた」
「喰、われる?」
出てきた単語に頭を捻る。
「葵は自分の預かりものの箱の中身って知ってるか?」
虎彦は私にそう尋ねると、壁に寄りかかる。どうやら少し長い話になるらしい。
箱の中身は勿論聞いたことがある。強い呪い、だったと思う。
「えっと、呪いそのもの」
「まあ、合ってるんだけどちょっとちがう」
そう言った虎彦の視線が、ほんの少し問うようなものになった。恐らくこれは、私に聞いている。ここから先は覚悟のいる話だ、と。
以前電話で言われたことを思い出す。迷ったままなら教えられない。そういうことだ。
ひとつ、深呼吸をする。私は箱を知らなくてはならない。理事長に見せると約束してしまったし、もし、もしあの箱に悪魔に対抗する力があるなら……祓魔師と似たことだって可能かもしれない。
「……教えて、欲しい」
「ん、……簡単に言うとだな、悪魔の力そのものとか、悪魔の体の一部が入ってる」
地下の道の先は、何も見えない。
「人が悪魔に対抗しようとして作った、人には扱いきれなかった恐ろしい武器のなり損ないだよ」



fin...


人にも悪魔にも、平等に牙を剥くから。
20120226
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