部屋のモニターに映されているのは、多分、燐だ。そしてそこには理事長もいる。他にも人がいるのは見えるけれど、そちらを意識している余裕はなかった。
「なにこれ……」
多分、とつけたのには、勿論理由があった。今まで見てきた燐とは、かなり雰囲気が変わっているから。
青い炎が燐を包んでいる。それは身体中から出ているようで、まるで何かに身を焦がしているようだ。私の呪を消してくれていた青い炎が、今、映像の後ろの方の森も燃やしている。
「燐、」
一体何があったのだろう。燐たちは林間合宿ではなかったのだろうか。それとも、私が理事長にからかわれているだけなのだろうか。
「りん、」
モニターに近寄っても、何を話しているかなんて聞こえるはずがなかった。
「燐!!」
私の声も、届かない。



音のない世界



モニターの画像が途切れてから、どれくらいの時間が経ったのだろう。私はだらしなく床に座り込んで動くことが出来なかった。
アレは本当にあったことなのか?燐に剣を向けていた人は?守っていた女の人は?疑問しか湧いてこない。
一体理事長は、私に何を見せたかったのだろう。ここまで用意してあったのだ。偶然なんて言葉で済ませられるとは、本人も思っていないに違いない。
理事長を探して話を聞こうと決意し、立ち上がった瞬間だった。ガチャンと部屋の鍵が開く音がする。鍵を閉めた覚えは無いのだが、そんなことは関係ない。この部屋の鍵を持っているのはこの部屋の主に決まっている。
「おや、そういえば貴女を忘れていました」
私の考えていた通り、入ってきたのは理事長。それにモニターに映っていた、燐を守った女の人。二人ともいつの間にか降った雨に打たれたのか、しっとり濡れてしまっている。いやしかし、まさか忘れていたとか言われるとは思わなかった。
「メフィスト、こいつは?」
私がモニターの話を尋ねる前に、女の人から質問が飛ぶ。
「私の生徒ですよ」
「ちっげぇよ!祓魔塾にはいないのに、試験に乱入してきてたやつだろ」
理事長のはぐらかしたような答えに噛み付いた女の人は、次に私へ視線を向けてきた。ただ観察しているようで、何かを探っているようにも見える。思わず後ずさりしてしまった。
「奥村燐のストッパーの候補として考えていた人間の一人です。ただ残念なことに、彼女は祓魔師になるつもりはないそうなので、」
理事長はそこで一旦切って、私を見た。
「安全策として提出は出来ませんでしたが」
理事長の言葉をゆっくり反芻する。
燐の悪魔の力についてのストッパーというのは知っている。祓魔師になるならないは分からない。安全策としての提出、これも知らない。
「おい、メフィスト。どこまで話してあるんだ?まさか何も教えていないわけじゃないよな」
「そのまさかです。祓魔師にならないと決めている彼女に、こちらの手の内を晒すわけにもいかないでしょう」
二人の会話が遠くに聞こえる。考えろ。理事長は、私に何を言いたいのか。
でも、その前に。
「あの、」
一番聞きたかったこと。
「り、燐は無事なんですか?」
知らない扉に連れて行かれた燐を最後に、モニターは何も映さなくなった。しかも燐を連れて行ったのは、剣で彼を攻撃しようとした人だ。
「ああ、燐なら」
女の人が私の問いに答えようとするのを止めたのは、理事長だった。
「メフィスト、」
「貴女らしくもない。今の会話を聞いていたのなら、我々がそれに答えることが出来ないのは分かりきったことでしょうに」
ちらりと女の人を見れば、苦虫でも噛み潰したような表情をしていた。
「……どうして」
視線を戻して、あえて尋ねる。理事長は眼を細めて笑った。
「奥村燐は正十字騎士団の管理下に入ることが決定しました。扱いも今までとは違って制限がある。ようは祓魔師から常に見張られている状態だ」
「……側に、一応一般の人間がいるのは、まずいということですか」
「いかにも!」
桐野であれなんであれ、燐の側にいられるのは悪魔を調伏できるであろう祓魔師だけということが言いたいのだろう。
「なら、私が祓魔師になるといえば、教えていただけるということですか」
質問ではない。確信だ。
「勿論です」
肩の力が抜けるとか、そういう問題ではない。これは理事長が初めから考えていたことなのだろうか。
私は燐の側を離れたくはない。彼が傷つくのを見ていることも出来ない。奥村兄弟は、私の大事な友人だ。事情を知っても側にいてくれた、初めての人なのだ。
私を安全策として考えていたということは、私自身が燐を守る何かになりえるということで。
「勉強面で色々問題がありそうですけど、それでも、いいなら」
言ってしまえば戻ることは出来ない。でも、こう言うしか方法はないのだろう。
「候補生でも祓魔師でも、目指しましょう」
誰の為かと考えれば、結局は自分の為だ。
離れたくない。失いたくない。子どもみたいな感情だけで、私は関わるつもりのなかった祓魔師の世界に飛び込んでいく。燐の思いなんか、聞くこともせずに。
「歓迎しますよ、葵さん。ようこそ、正十字騎士団へ」




fin...

「で、これからどうなさいますか?」
「……とりあえず、預かりものを取りにいきます。約束ですから」
20111110
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