「貴女にこれを渡しておきます」
「……鍵、ですね」
理事長に渡されたのは、小さな鍵だった。手の中でまわしてみても、特に変わったところはない。
「私が電話をしたら、どこのドアからでも構いません。そうですね、寮の部屋の鍵穴でもいい」
試しにこちらへ、と使っていない部屋の鍵穴を指される。戸惑いながら鍵を挿す。
この鍵の力のことなら知ってはいる。雪男が任務へ行くのに使っているのを見たことがあるし、燐はこれで祓魔塾へと通っているのだから。だが、私がこの鍵を理事長から渡される意味が分からなかった。自分は祓魔師になりたいと言った覚えはない。今のところこれから言うつもりもないのだ。
手元でカチッと音が鳴った。開けばそこにあるのは、以前訪れたことのある理事長室。
「これは私の部屋へと繋がります。用があるときに呼びますから、必ず来てくださいね」
理事長はそう言って、笑った。



賭け



終業式が終わった燐は寮へ帰らずに、すぐに林間合宿へと向かうようだった。大きな荷物は前日のうちに目的地の方へ送ったらしく、こちらへ戻る必要がないらしい。
私たちは二人並んで学校前の階段を降りていく。
「じゃあ、また……四日後くらいに?」
「おう!実践を積んで成長した俺を楽しみにしてろ!!」
得意気にそう言った燐は、合宿が本当に楽しみなのだろう。ちょっと格好つけてポーズまで決めている。これは彼のテンションが高い証拠だ。
私はそれをからかったりせずに、軽く乗ってあげた。
「うん、楽しみにしてる。でも危ないことはしちゃ駄目だよ。ついでに雪男にもよろしくね」
「おう、葵先輩も危ないことはするなよ」
「私が危ないことをする状況になるとは思えないんだけど、まあ、分かった」
お互いに笑って向き合う。じゃあね、と手を振って離れる。
いくらか歩いて何となく振り返れば、ちょうど燐は祓魔塾の生徒に声を掛けられているところだった。やっぱり燐は楽しそうだ。
「……私の今日の予定は軽く荷物整理、か」
小さくつぶやいて楽しそうな彼らから背を向ける。ずれてもいない鞄を持ち直して、私は歩き始めた。


寮のご飯を一人で食べて、早々と自分の部屋へ戻る。いつもなら奥村兄弟の部屋に突撃したりもするが、今日、彼らはいない。多分今頃、皆で夕食でもとっているんだろう。
実家へ帰る用意をしながら、もし自分が祓魔師を目指したらと考える。……いや、想像すらできない。なんか悪魔にとっ捕まって、倒される瞬間しかイメージできそうになかった。なんてことだ。
考えているとそれだけでへこみそうなので、用意をしたら早く寝てしまおう。寝れなかったら学園から出された課題に手をつけるのも良い。燐はきっと課題をギリギリまで後回しにするタイプだろうから、彼を手伝うなら自分のは早めに終わらせてしまいたい。
いや、雪男がそれこそ根性で終わらせようとするかもしれない。弟くんは勉強に関してスパルタだ。
友人がいる夏休みは本当に久しぶりで。確か小さい頃以来だと思う。それだけでこんなに心が躍る。初めの数日間一人など、それを考えればどうってことはない。任務だって、泊りがけのものがそうそうあるとは思えなかった。






暗闇の中、突然目が覚めた。
「……なに?」
部屋で小さな振動音がする。硬いものの上で、何かが小刻みに震える音。私はそれに起こされたらしい。
その音の元を探せば、闇の中小さく光る……携帯電話だ。机の上で電話が来たことを知らせてくれてる。半分寝ぼけた頭でそれを見れば、着信は理事長からだった。ついでに時間は明け方だった。最低である。
「じ、時間帯くらい考えてよ……」
溜息をつきながら通話ボタンを押そうとすると、タイミングを見計らったように振動が消えた。待ち受け画面には着信四件の文字。どうやら少し前から電話は鳴りっ放しだったようだ。
「え、うそ」
言われていたのは、電話があったら理事長室へ。
「こ、こんな時間に冗談!!」
そう言いつつ、簡易ながら支度を始める。急げばそう時間を取らずに理事長室へ行けるはずだ。
服は一番着慣れている制服が良い。それに鍵はポケットに入れたまま。……四十秒で支度を完了できるあの少年を、私は尊敬するべきかもしれない。
身なりを軽くチェックしながら、寮の扉の鍵穴へ理事長室への鍵を差し込む。カチン、と何かが開く音がした。
手の中にある携帯電話は、私が鳴っていることに気が付いてから一度も震えていない。気が付いたことに気が付いたのか、呆れて諦めたのか。どちらも嫌だが、後者の方がマシだろう。前者だったらどうしよう。どの辺りに助けを求めればいいのだろうか。
「お、遅れましたー」
そろりと扉を開ければ、そこには誰もいなかった。理事長も、アマイモンも、誰もいない。なら一体何の為に呼び出されたのか。いや、電話に出ない私に怒って帰ってしまったとか。
「……しかし、随分大きなモニターだなぁ」
怒って帰ってしまったという可能性を振り払うように部屋を見渡した私は、今まで見たことのないモノを見つけた。大きなモニターだ。それは部屋の壁側に出来るだけ寄せてあったのだが、どう考えてもそこに収まりきっていない。
というか、この部屋にこんなもの必要だろうか。まあ、理事長はゲームやアニメが大好きらしいから、思い切り大きな画面で見たいのかもしれない。
そのモニターの前を横切った瞬間だった。独特の機械音と共に、そのモニターに何かが映し出される。
「!?」
その突然の機械の動きに、飛び上がって驚いた。
「え、なに、なに?」
だってこの部屋には誰もいないのだ。勝手に付くなんてそんなおかしなことはない。
普通だったら一目散に部屋へ逃げ帰っているだろう。部屋に飛び込んで鍵を閉めて、もしかしたら虎彦辺りに電話して気を紛らわせようとするかもしれない。……普通の状態だったら。
だが私は、モニター画面を見て固まるしかなかった。



映し出されたのは、多分、燐だ。



fin...


明け方の火事。
20110921
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