虎彦は最後に言っていた。もし預かりものを、桐野を知る覚悟が決まったら教えてくれと。
電源ボタンを押して、誰にも繋がらなくなった携帯を見ながら考える。虎彦の言っていたこと。桐野について。私のこと。
それはきっと一つに繋がるのだろう。でも繋がってしまったら、この平穏なままではいられない気がする。
怖い。今まで桐野のせいで諦めてきたこともあるけれど、それ以上の何かがありそうで。
「……まあ、考える時間はあるし」
どうしてクロの声が聞こえるのか、あの屍を倒した際の声は何なのか。知りたいことは沢山あるけれど、知らなければならないことは今のところない。自分が気にしなければいいだけの話だ。多分。



夏休みの予定



「燐に雪男、お土産ー」
扉へのノックついでにそう言えば、雪男は出てこなくとも燐が飛び出してくるものだと思っていた。ちなみに彼らへのお土産は大体ゴリゴリくん。暑いときには欠かしてはならない食べ物だと思う。
しかしいくら呼びかけても、誰かが出てくる気配はこれっぽちもない。出かけているのだろうか。今日は休みだから祓魔塾はないはずだから、雪男の方は任務かもしれない。もしやそれに、燐もついて行ったのだろうか。
「どうしよう」
(葵!)
任務なら仕方ないと部屋へ戻ろうとした時だった、また頭に響くような声。でも随分と親しく呼んでくれるようになった。クロだ。
「クロ?」
(きょうはりんたちはいないぞ!)
「うん、そうみたいだね。今日はお留守番?」
(るすばん!)
楽しそうに話すクロの頭を撫でながら、私はそっと溜息をついた。最近の二人は本当に忙しそうだ。祓魔師って大変なものなんだと改めて感じる。普通の人には見えない悪魔を祓ったり退治したり。
雪男なんて休みはあるんだろうか。……なさそうだ。塾の先生に任務。学校に燐の世話(主に勉強面で)。これは真剣に気をつけてあげないと、過労で倒れてしまいそうである。
「……ちょっと、さびしいね」
(さびしい?)
「当たり前なんだけどね。前はもう少し一緒に、」
一緒に居られたのに。
これはどう考えても口に出すべきではない思いだ。祓魔師ではない私があの兄弟といつも一緒にいられるわけがないし、こうやって側で生活している事だっておかしいのだから。
(おれはさびしくないぞ!)
「ん?」
(葵がいるからな!!)
動物は飼い主に似るというけれど、使い魔もそうなるのだろうか。まさかの展開に言葉を失う。
「慰めてくれるの?」
(???)
この天然っぷりは絶対に燐が移ったんだと思う。そうでなければ、話せる悪魔は総じて天然という先入観を持ってしまう。但し理事長は除く。
緩く(強いと嫌がって引っかかれるため)抱きしめながら、クロの頭を撫でる。自分が触っても何の問題もない悪魔。
「クーロー……」
(!!)
「いたっ!」
腕の中で大人しくしてくれるクロが可愛くてうっかり力を入れたら、軽く引っかかれました。




「え、林間合宿?」
「そうです。兄さんは終業式が終わってから、それに参加することになっています。実践任務への参加資格テストのようなものです」
雪男は私の反応を見ながら続ける。
「よって、この夏休みは寮にいることも少なくなります」
「そんな!」
思わず声を上げてしまった。この夏休み中のどこかで帰省し自分の預かりものを持ってきて、それ以外はずっとこの寮にいる予定だったのだ。ようやく出来た仲の良い友人と過ごす夏休みは楽しいだろうと期待していたから、余計に残念。
「葵先輩は夏休み家に帰らないのか?」
燐は私が落ち込んだのが分かったらしい。尻尾が揺らめいている。何を言おうか迷っているのだろう。
「一度は帰るよ。預かりものも持って来ないとならないから。でも家にいてもそうやることないんだよね……遊ぶ友だちはいないし、家族はきっとそれなりに忙しいだろうから」
友だちがいないというくだりはできるだけ小さな声だったが、双子にはよく聞こえたらしい。桐野のことでは仕方のないことかもしれないが、余り聞こえは良くないだろう。
「そっか……でも、家族もずっと出てるって訳じゃないだろ?」
「ああ、ほら、夏ってホラー特集とか組まれるでしょ。その際に変なもの見つけたり作っちゃうことがあるから仕事が忙しいの。他には子どもが長期休みに入るから、その時にっていうのもあるかな」
幼い子どもの好奇心は、時折自身の第六感の警鐘を凌駕することがある。そうなれば彼らを待つのは、恐ろしいことばかりだ。
「大変だなー」
燐が感心したように言うけれど、大変なのは私ではない。私がそれに直接関わったことは一度を除いて無いのだ。ちなみにその一度の関わりで、私は預かりものを持つ羽目になったのだが。
「ホント、大変そうだとは思う。特に叫ぶ箱とか影一杯引き連れてたときとか、どうしようかと思ったもの」
「……本場のホラー体験ですね」
「葵先輩と怖い話大会したら面白そうだな」
双子のそれぞれの感想に小さく笑う。
「じゃあ雪男は、その林間合宿の引率の先生?」
「はい。僕ともう一人で実践訓練を三日間」
終業式が終わってすぐに行くということは、夏休み開始二日目か三日目には帰ってくるということだ。私はその間に家に帰って、預かりものを持ってくればいいのかもしれない。
「じゃあ私はその間に帰っておこうかな。終業式の次の日辺りなら、生徒の帰省ラッシュピークは過ぎてるだろうし」
頭の中で軽く計画を立てる。残りの夏休みは出された課題をしつつ、こちらでバイトをやってみるのもいいかもしれない。その辺りは理事長が任せろ的なことを言っていたから、頼らせてもらおう。うん。
「でも林間合宿か、楽しそうだねー」
「楽しそうだよな!俺こういうの初めてだから、すっげー楽しみなんだ」
燐は大きく尻尾を振った。今まで真面目に学校へ行っていなかったと聞いているから、こういう行事に参加するのは珍しいのだろう。嬉しそうな燐を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
「遊びではないですけどね」
「そうかもしれないけど、テントとか張ったりするんでしょ?」
「……まあ、そうなると思いますけど」
雪男のテンションは随分低めだ。何か心配事でもあるのだろうか。……いや、心配事はあるに決まっている。祓魔師として活動していく燐が心配でたまらないのだろう。正体のことも、無茶をする点でも。
「りーん!」
「ん?」
「あんまり無理しないでね。心配だから」
「!おう、無理はしねぇよ!」
また軽く振られる尻尾に満足する。燐はそう言うと、林間合宿への用意を開始した。用意の時点で楽しそうだ。
私はそんな燐を見ながら、そっと雪男の隣りへ移動する。弟くんはそんな私に気が付いたようだが、咎めはしなかった。
「雪男もあんまり無理しないでね」
「何をですか?」
「いろんなこと。一人で抱えててどうにもならなくなったら、私が聞くだけ聞いてあげる」
本当に聞くだけになってしまうけれど、それでも、誰かに話すことで少しは楽になるはずだから。燐の事情を少しなら知っているのだ。少しくらい話を聞いても問題はないだろう。
「……分かりました。覚えておきますよ」




fin...


「ああ!そういやおやつっていくらまでだ?」
「よく言われるのは三百円だけど、今はそれだとほとんど買えないよね……駄菓子屋さん少なくなったし」
「葵先輩、兄さん。何度も言いますが、遠足ではないですからね?」
20110919
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