携帯電話を鳴らす。ディスプレイには桐野虎彦の文字。紛れもなく、私の兄である。
本来ならば桐野の当主である父親に聞くべきことなのだろうが、それはできない。どう考えても教えてもらえる気がしないからだ。
今まで桐野のやってきたことから遠ざけていた、遠ざかっていた子どもに、こちらの都合ではいそうですか教えますよなんていってもらえるはずがない。
しかも、仲が良いとは言えない祓魔師のためだなんて。



電話にて、転機



「葵か!」
「え、あ、久しぶり、」
鳴らしたのはたったの二コールである。まさかの早さにこちらは心の準備をする暇もなかった。
「ほんと久しぶりだなぁ。学校はうまくいってるか? いじめられたりしてないよな?」
聞こえてくる虎彦の声は相当嬉しそうだ。そのテンションに、考えていたことの言うタイミングを失う。
本当なら、挨拶もそこそこに切り出そうと思っていたのだ。押して押してとにかく押しまくって、色々教えてもらおうと思っていたのに。これでは私が押されてしまっている。
これではいけない。そう考えて軽く深呼吸。未だ学校での様子を聞いてくる虎彦を、私は遮ることにした。
「あ、あのね、虎彦にちょっと聞きたいことがあって電話したの」
「うん?」
ドキドキする。もし何も教えてくれなかったら、私はどうしたらいいんだろう。でもこれは、桐野を詳しい人にしか聞けないことだ。
そして一番教えてくれる可能性が高いのが、虎彦。兄さんは昔から、私のお願いはおおよそ聞き入れてくれる。余程危険なことでもない限り。
「誰にも知られたくないことだから、その、」
「……箱の話か」
「え?」
あっさりと放たれた言葉は、確かに私が尋ねたいと思っていたことだった。けれど私は、まだ何も言っていない。始めてすらいない。
なのに虎彦は、簡単にそう言ってみせた。まるでそれを聞くことが当たり前のように。
「えって、違うのか?」
「あ、いや、違ってないけど……」
どうして分かったの。そう聞きたいのに、聞くことができない。
「そろそろ来る頃だとは思ってたんだ。葵、少し前に使ってたからな」
何でもない風に語る虎彦の声が、頭に響く。
少し前に使っていた。これは多分、屍のことだろうか。それとも他に、私自身が分からないことで何かあったのだろうか。
「つかう……、使うって、何?」
「自分の意思でじゃなかったのか?」
話がかみ合わない。でも虎彦は私が知らないことを知っている。桐野を継ぐ為に、教えてもらっていたのだろう。私が呪から逃げている間に。
「まさかそっちで、死に掛けるようなことに……いや、そうなったから使われたのか」
先ほどの浮かれた様子から一転した真剣な声色。その変わりように、やはり何かあるのだと確信する。けれど確信したのは私だけではなかった。
「どういう、」
「学校で何かあったんだな?」
あったと断定された。
こちらは自分の立てていた計画から大幅に離れて行くせいで、少しずつ焦りが出てくる。だってこれを逃したら後がないのだ。どう考えても、突破口は兄さんしかない。
「い、命に関わる危険なことなんて、」
あるわけない。そう普通に言い切れば良いのに、どうしても声が震えてしまう。桐野を知る術がなくなるかもしれないというのも理由の一つではある。でも一番の理由はきっと、私自身が感じているからだ。
これを聞いたらもう、普通の生活には決して戻れない。
すでに呪やら何やらで普通とはかけ離れた生活をしているのに、今更こんなことを感じるのはおかしいかもしれない。でもそうではないのだ。関わるというよりも、そちら側へ足を踏み入れるような。
「葵、」
「!」
「お前、何か迷ってるんだろう。しかもこの預かりもののことで」
まるで私の心を読んだかのようだった。
「できれば俺は、葵をこっち側に引き込むようなことはしたくない。でもお前がどうしても使いたいというなら、考えて良いと思ってる。……今まで一番近くにいるしな」
とんとん拍子で話が進む。
「だけど迷っているままなら、俺は教えられない。どちらにせよリスクが伴うとはいえ、やっぱりこっちの方も大変だから――」
「ちょ、あの、虎彦、」
話が性急過ぎる。教えてもらえるかもしれないという流れなのに、こんなに何の問題もなく進んでしまって大丈夫なのだろうか。
「わ、私の方が、聞いてて何言ってるか分からないよ」
「あ、ああ、確かにそうだ。でもま、兄ちゃんはいつでもお前の味方って思っていてくれりゃあいい。葵だって薄々勘付いているから、こうして電話してきたんだろ?」
「……うん、」
「それに俺は誰にどう言われようと、あと数年したらお前に話すつもりだったことだしな」
「え?」
「とにかくこれについては、葵の覚悟が決まったらってことだ……で、今度はこっちの話」
電話の向こうで、虎彦に心配性スイッチが入った気がした。
「兄ちゃんは聞きたいことが沢山あるんだが、まずは学校で一体何があったんだ?」
正直に言ったら連れ戻されそうで怖い。私は黙秘を貫こうと思う。



fin...


随分あっさり。
20110910
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