私はこの夏、本当に不思議な友人が出来た。
色んなところへ繋がる鍵や底なしと思われる胃袋を持ち、ちょっと方向音痴な男の人。一見は青年なのに行動は子どもっぽい彼は、名をアマイモンという。
「葵、星を見ましょう。今日はテレビで星が降って来るんだと言ってました」
「ああ、流星群のこと?」
私にそう話すアマイモンは随分楽しそうだ。口の脇にたこ焼きのソースをつけながら、早速今夜の予定を立てている。
私はそんなアマイモンの口元をティッシュで拭ってやりながら自分の予定を考える。用事はなかったと思うから、多分平気だ。
「星が降るなんて不思議なこともあるんですね。これも七不思議でしょうか」
「アマイモンは流星群見たこと無い?見上げてると首が痛くなるから、寝そべって眺めたりするの。結構綺麗だよ」
それに七不思議は学校だって。そう訂正すると、アマイモンがずいっとたこ焼きを差し出してきた。どうやらくれるらしい。こういう突然の行動に戸惑うことはあるけれど、彼はただおいしいということを共有したいだけだったりする。それは、今までの付き合いで学んだ。
「ありがと」
それを受け取る為に手を出すが、彼は素直に渡してはくれなかった。ひょいっと届かないところまで上げられてしまう。これは背伸びしても届かない。
「違います。そうじゃありません」
「え、くれるんじゃないの?」
「あげます」
少し考える。するとアマイモンは口を開けろとジェスチャーしてきた。
「……まさか」
「ボクが食べさせてあげます」
衝撃だ。まさかこれは、世に言う「あーん」というやつではないだろうか。
「自分で食べるから大丈夫だよ!」
「いやです。ボクが食べさせたいです。昨日テレビでやってました」
「アマイモンは一体何のテレビを見ているの!?」
思わず突っ込んでしまうと、アマイモンは律儀に答えてくれた。
「ドラマとか、アニメとか、ニュースです」
「活用しなくて良いから……」
けれど彼は、自分で決めたことはよっぽどでない限り実行しないと気のすまないタイプだ。怒り出したりはしないが、ほんの少し不機嫌になる。
今夜は流星群を見る予定のようだし、ここは一回我慢してしまおうと覚悟を決めた。
「……」
無言で口をあけて見せると、アマイモンはそれはそれは嬉しそうに私の口の中へたこ焼きを放り込んだ。程よい熱さでおいしい。もしかしてこの温度になるまで冷ましてくれていたのだろうか。……偶然かな、やっぱり。
「おいしいですか?」
「うん。おいしい」
しっかり飲み込んでから答えれば、アマイモンは既に平らげてしまっていた。早食いだ。しかも相当な量を平気な顔して食べるから手に負えない。
観光に付き合って二日目辺りで、私はアマイモンが買ったものを少しずつもらうという方法を取っていたりする。だって同じ量を食べるなんて絶対に不可能だと思う。正直言って、胃にブラックホール的な何かを納めているとしか考えられない。
「良かった。やっぱり葵と食べると、何か違います」
「まあ、一人で食べるよりはおいしく感じるよね」
また口元に付いたソースを拭ってやると、アマイモンは楽しそうに笑った。
星月夜
「葵、星は良く見えますか?」
「いろいろ突っ込みたいところはある。でもアマイモンだからと言われたら納得しそうで怖い」
「……ボクだからです」
「ああそう分かった、じゃなくて!!」
腕の中にいる葵は口調こそきついものの、随分大人しかった。当たり前と言えば当たり前だろう。ボクは今、塔の上に立っている。人間が落ちれば一発で死んでしまう高さだ。
「どうしてこんな不安定で高い場所を選ぶの!」
そう指摘する葵は、指摘するべき箇所が少しずれている事には気が付いていないようだった。普通なら、どうやってこの場所に上がったのかを尋ねるべきだから。
「でもここは空に近いし暗いから、星が良く見えるでしょう」
それに彼女は、ボクとの距離がなくなっていることも気にしていられないようだ。兄上の助言は役に立っているということだろう。
「や、まあ、確かに星は良く見えて綺麗ではあるけど……」
「絶対に落としたりしないから、大丈夫です。安心してください」
「それも重要だけど、聞きたいのはそこじゃ……」
語尾を濁す葵の髪に軽く頬ずりをする。彼女はやっぱり何かおかしいと感じているのだ。ボクが悪魔だなんてことは分からないだろうけど、でもどこかおかしいと感じている。原因の分からない違和感。不気味で怖いだろうに、葵の態度はほとんど変わらなかった。
最近考えてはいた。葵に自分は悪魔だと言っても、彼女は変わらないのではないか。怖いとも思わず、ただ受け入れてくれるのではないのかと。
「アマイモン?」
勿論拒否されたらという恐怖はある。それを考えるとイライラするけれど、兄上はそれも醍醐味ではないかと笑っていた。ボクはそれはまだ分からない。けれど、兄上がそう言うのだからそうなのだろう。
「葵は、ボクのことが聞きたいですか?」
「……え?」
「ボクのことを知りたいですか?」
体勢的に抱きしめたままそう問えば、葵の身体がほんの少し震えた。きっと彼女は、嫌な予感に襲われている。普通の人が踏み入れてはならない場所に、足を進めてしまったのではないのかと。
「知ったら戻れない、感じ?」
「そうかもしれません」
葵が腕の中から自分を見上げる。夜の闇の中でもよく見えた。
でもきっと、彼女からボクのことはよく見えていない。
「アマイモンが、その、普通の人ではないっていうのは何となく分かる」
少し震える声に胸の辺りが揺さぶられる。背筋がざわざわして、思い切り好きにしてしまいたくなるのを我慢した。
葵が泣かないで、暴れないで腕に収まっているのは、ボクへの信頼。ならそれは、壊してしまうべきではないから。
「でも知りたいかっていわれたら、そうでもない。アマイモンはアマイモンで、それ以外とかあんまり考えられないから」
「でもボクは、知ってもらった上で一緒に遊んで欲しいです」
そう言えば、優しい葵が知ることを拒否できないのは分かっている。だって彼女は見ず知らずの自分の観光に、律儀に付き合ってくれたのだ。
「……うん、そう、だね」
葵がゆっくりと息をついた。
「アマイモンは、何者なの?」
尋ねる彼女の左手を取る。片腕で葵の身体を落ちないように支えなおせば、手を取られた本人は相当戸惑っているようだった。
「葵、よく見ていて」
そのまま手を口元に持ってきて、ゆっくり見せるように薬指に歯を立てた。きっと痛い。でも、この方法が一番良い。
「いたっちょ、何すんの!?」
「葵、」
薬指に付いた傷になった噛み跡は、悪魔であるボクから受けた「魔障」だ。だから葵のこれから見る世界は、さっきとは違うものになる。
「ボクはアマイモン。地の悪魔の王様です」
だから例えボクを拒んでも、決して知らなかった頃に戻ることは出来ない。
fin...
こちら側へようこそ。
20110829