(おまえだれだ!)
「!!!!!」
この衝撃は、何をもっても表すことはできないだろう。



きこえないよ



「え、あ、きゃああああ!」
もうこれは叫ぶしかない。黒い猫を前に叫んだ私に、燐と雪男は相当驚いたようだった。
「ど、どうした!?」
「一体なんですか?」
二人して私と黒猫を見ている。手は出さないようだった。まあ、何が起こっているのか分からないのだから仕方ないだろう。
「か、かわいい黒猫がいる!!!」
叫んだ理由のうちの一つを言えば、双子は呆れたようだった。雪男に至っては舌打ちまでしてくれた。最近本当に態度が悪いですね、弟くん。
燐はどこかほっとしたらしく、それから目をキラキラさせた。
「そいつ、クロっていうんだ。俺の使い魔なんだぜ!」
「え、」
黒猫に触ろうとした手を寸前で止める。確かに良く見れば、その猫の尻尾が二つに分かれている。これはどう見ても普通の猫ではない。悪魔の一種であるならば、私が触ってはまずいだろう。撫でようと伸ばした手をぎゅっと握った。
すると舌打ちして会話から離脱したはずの雪男が驚くことを言う。
「その猫又(ケットシー)は葵さんでも触って平気です」
「え、嘘、なにそれ!」
「聖薬系の効かない悪魔なんです」
この時の私の表情は、それはもう気持ち悪いものだったと思う。緩んだ笑顔全開。だがそれは仕方ない。
「ぎゅってしてもいい?」
「おう!」
(いやだ!)
誰に聞いたのではなく、何となくの確認だった。でも二箇所からバラバラの答えが返ってきて戸惑う。というかやっぱり、このクロっていう黒猫話してるよね。
「なんでだよ、俺の友だちだぞ!」
(りんのともだちなのか?)
そして燐はクロの言うことが分かっているかのように会話している。ここは雪男に聞いてみよう。
「ねえ、雪男はクロの言葉分かる?」
「こうやって見ていると兄さんの独り言にしか見えませんけど、言っていることは一応分かっているみたいですよ。悪魔同士のテレパシーとかそういうので」
私と雪男は顔を見合わせた。弟くんは私の言いたいことがその辺りではないと気が付いたようで、眉間にシワが寄り始める。
「まさか葵さん、クロの言葉が分かるんですか?」
「……そのまさかなんだよね。だからそれも含めての悲鳴だったんだけど」
軽く頬をかく。頭に響くような声は、決して不快ではないが人のものではない。耳から入っているのか、身体で感じているのか。
「しかし雪男には聞こえてないのかぁ」
それは多分、人間には聞こえないということを指すのだろう。だがそれでは、私が人でなくなってしまう。ふと、お昼の一件を思い出す。アマイモンに言われたことだ。
悪魔ではない、でも人間とも違う。あれはからかいや冗談ではなく、本気だったということだろうか。
「いやそんなまさか」
人間でも悪魔でもないって、なら私は一体何なんだという話になってしまう。一つ上の次元にシフトした存在ですとでも言うつもりか。ソウルジェム浄化するぞ。
「……葵さん、」
「ん?」
「大丈夫ですか?」
雪男が心配してくれているようだった。
「大丈夫大丈夫。言葉が分かる心当たりはあるから、ちょっと聞いてみる」
本当はそんな明確な心当たりなんて無い。あるとすれば、自分が桐野ということだけだ。だがきっとその考えは間違ってはいないと思う。
公にしていない預かりモノの保管方法。あの一部の祓魔師の態度。アマイモンの言う匂いに、候補生試験の際に聞いた声。
私は桐野を継ぐわけではなかったから、一切そういったことは知らない。今の預かりモノだって、不慮の事故みたいなものだ。でも本当は学んでおくべきだったのだと思う。持っているなら、関わるなら。
「うん、聞いてみる」
(正直うっとおしい)兄に。
「葵さん」
決意した瞬間だった。雪男が突然手を伸ばして、私の腕を掴んだのは。本日二度目である。
「わ、」
驚いて身を引こうとしたのに、弟くんは放してはくれなかった。それどころかがっちり掴んでまじまじと眺めている。
「ちょ、何やってんの!」
「これ、どうしたんです?」
「んん?どうした?」
私たちのやり取りに気が付いたのか、クロの説得が終わったのか。燐も私の腕を覗き込む。
「これ……」
そこにはうっすらと、手形が残っていた。それどころかかすり傷のようになっている箇所もある。多分、アマイモンに掴まれたところだろう。勢い良くやられたのは分かったが、ここまで痕になっているとは思ってもみなかった。もしかしたら、加減を知らないのかもしれない。
「こんなの、相当な力で握られでもしない限り付きませんよ」
雪男にじろりと睨まれた。何故私が。
「何やったんですか、いえ、何をされたんですか?」
「弟くん今、私が何かやったこと前提で言ったでしょ。なんでもないよ、放して」
ぐいっと腕を引いてみるも、雪男に放してくれる気配はなかった。むしろコレで跡が付くと思うんですが。
二人で攻防を繰り返していると、隣りでそれを眺めていた燐がポツリとこぼした。
「今更だけど、そういや俺、葵に触れないんだよな」
「え」
「え、」
今更過ぎて、攻防が止まった。
「いや、触れないのは分かってたけどさ!でもほら、葵からは俺のこと手袋越しに触れるけど俺は無理じゃん」
燐の指が私の腕をなぞろうとして、けれど何もせずに引っ込めた。
「俺もなんか用意してみるかなー」
自分の手のひらを見ながらつぶやく燐は、多分本気だ。彼がこんな冗談を言えるとは思えないし、意識してなんてなおさら無理だ。
だがしかし、この発言が本気というのはなかなか気恥ずかしいものがある。きっと燐はそう深い意味はないのだろうが、要約すれば「私に触りたい」。これに照れなくて何に照れるのか。
「兄さんは本当に、もう少し物を考えてから話してくれないかな……」
雪男のつぶやきは切実だった。




fin...


「ほれ、葵先輩」
「かわいいほんとかわいい……私とも友達になって、お願い!」
(しかたないからなってやるぞ)
「(この部屋の密度が増えていくなあ)」
20110731
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -