青年の指が私の頬に触れる瞬間。気が付けば彼は、ぽーんとどこかに放り投げられていた。
投げられた本人は部屋の隅っこで、放り投げられた体勢のまま唖然としている。どうやら投げられたことに驚いているらしい。
そして青年を投げたのは、理事長だった。
「あ、兄上」
「やっぱり理事長の、え、兄上!?」



悪魔の兄弟



私は二人の顔を交互に見る。似ているところはほとんどない。あるとすれば、目の下の隈くらいだろうか。あ、あと垂れ目。それに耳も。口の辺りも似ているといえば似ている気が。こう上げていくと結構似ているのかもしれない。
「でもまさかの兄弟……ということは、」
「貴女の想像通り、あれも悪魔です」
私の言葉を代わりに続けてくれた理事長は、放り投げた青年を見ていた。投げられた彼は相変わらず着地した体勢のままこちらを見ている。痛くて立ち上がれないのだろうか。
「アマイモン」
だが理事長がそう声を掛けると、アマイモンと呼ばれた青年はすぐさま立ち上がった。
「私は挨拶でもとは言ったが、遊んでもらえとは言っていないぞ」
普段の口調とは違う、少し高圧的な感じ。これはそう、一番初めに会話をしたときに近い感じがする。何となく居心地が悪くて、思わずやらなくてもいいであろう弁護をしてしまった。
「あ、でも多分、私を起こそうとしてくれたんじゃないかなあって」
「あの体勢で、ですか」
「まあ、方法はアレですけど」
少なくとも悪気はあったようには見えなかった。怖くなかったとは言いがたいが、どちらかというと、距離を測りかねた子どもがじゃれつくような感じだろう。この青年の形でじゃれつくとかシャレにもならないが、彼が悪魔というならそれも仕方のないことかもしれない。
「貴女はもう少し悪魔というものに恐怖心を持った方がいいですね。そのうち痛い目にあいますよ」
燐に進んで関わったのは私だが、祓魔師などに深く関わらせようとしていた理事長が言うことではないと思う。そもそも小さな悪魔は私を避けている。こちらの体質的に、下手をすれば消えてしまうからだろう。この間の屍などは確かに恐ろしいとは思うが、あれは人の形をしていなかった。
私は人の姿をしている悪魔を、燐と理事長しか知らない。ついでに言ってしまえば悪魔だって、最近頻繁に関わるようになった。痛い目にあうといわれてもピンと来ないのである。
「私に触ると痛い目にあうのはそちらですけど」
「確かに、その辺りの悪魔には有効なのかもしれませんが……」
理事長の視線が私から青年へ移った。青年は何故か私をじっと見つめている。
「挨拶、」
ぽつりとつぶやいた彼は、理事長へちらりとも視線をやらずにこちらへ来る。その一直線ぶりに一瞬足が引きかけたが、気合でとどまった。最近こういうの多くない?
「ボクはアマイモンです。……これで挨拶はいいですか?」
「え、はい、良いと思います。あ、私の名前は知ってるんですよね」
「ハイ」
「なら私のことは、葵って呼んでください。アマイモンさん?」
悪魔なら祓魔師と関わることもあるかもしれない。その中で桐野という話が出るのは面倒だ。ならば私は、そういう危険性は回避しておきたかった。
「葵、分かりました。ボクも普通に呼んでください。あと触ってみたいです」
「え、最後おかしいですよね?」
「おかしいですか。でも触ってみたいです」
「え、えぇー」
首を傾げながら私の方を伺う姿は可愛いといえば可愛いのだが、言っていることがおかしい。思わず理事長の方に助けを求めれば、彼は少し呆れているようだった。
「触りたいと言うなら触らせてやりなさい」
「え、」
「ワーイ」
「ちょ、本当に……」
勝手に出されてしまった許可に反論しようとしたのだが、少し遅かった。アマイモンは恐れたり戸惑う素振りは見せなかったのだ。避ける余裕はなかった。本当に、ただ興味だけで私の腕を掴む。
「っ、」
「!?」
じゅっと嫌な音がした。肉の焼けるような臭いこそなかったが、それでも嫌ではある。
アマイモンはすぐさま私の腕から手を放して、じっと自分の手のひらを見ていた。覗き込めば、やはり布に覆われていない指は火傷のような炎症を起こしている。
「だ、大丈夫ですか?」
「驚きました」
ぽつりとこぼされた呟きには、怒りも恐怖もなかった。ただそこには純粋に驚きがあって。その反応がどこか、燐に似ていると思う。
「……理事長、」
「なんです?」
「何か救急セットみたいなのはないんですか?」
燐に似ていると思ったら、放っておくことなんてできなくなってしまった。理事長があっさり触ることに許可を出したのは治療があまり必要ではないからだろうが、せめて消毒くらいしておくべきだろう。見ていて痛いし。
「我々はそういったことは必要ありませんよ」
「でも見ていて痛いので、せめて洗わせてください。私が聖水と同じような効果があるのなら、それだけでも治りは違うと思いますから」
そう言えば、理事長は不思議そうな顔をした。私の言っていることが、理解できないようだった。
「悪魔の心配をするなんて、貴女は本当に分かりませんね」
「……呼び出して大切にしている人も居るそうですし、そう珍しくはないと思いますけど」
しえみちゃんを思い出しながら言ってみる。けれど理事長は、なにやら楽しそうに笑っていた。おかしなことを言ったつもりはないのだけれど。

「我々のような者にそんなことを考える人間は、稀ですよ。……本当に、ね」




fin...


「これくらい舐めれば治ります」
「え、どうして手を出すんですか?」
「コレ(理事長の漫画らしきもの)にはそう書いてありました」
「アマイモン!私のコレクションには手を出すなと、あれほど言っただろう!!」
20110724
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