携帯が鳴っている。それに気が付いて誰から来たかを確かめれば、そこには理事長の文字。正直な話、あまり出る気にはなれない。でも出なかったら出なかったで面倒なことになりそうだ。
私は一つ溜息をついて、その電話を取った。
「全員無事に候補生へ昇格しました!」
「……どうしてそれを私に報告するんですか」
「当たり前でしょう。実は気になっていたこと、私は知っているんですからね」
実物がいたら、ウインクでもしていそうな口調である。その無駄な明るさにげっそりして、私は肩を落とす。
候補生試験の結果が気になっていないといったら嘘になる。燐やしえみちゃんが合格したかは知りたいと思っていたし、私は乱入した身だ。それが原因で誰かが落とされたらとヒヤヒヤしていたのである。
「そして今、昇格祝いを行っています。羨ましいでしょう。来てみますか?」
「……」
返事をせずにうっかり携帯の電源ボタンを押してしまった。これはわざとではない。ただの事故だ。



「おめでとー!」
でも全員が合格したことは嬉しいので、お祝いの言葉は惜しまない。帰ってきた燐にそう言って駆け寄れば、彼はとても楽しそうに笑った。
「おお、俺はやるときはやる男だぜ!」
びしっと格好つけた燐を、手袋をつけた手で思いっきり撫でてやる。頑張ったね、という意味を込めて。男の子だから嫌がると思っていたのだが、褒められているというのは素直に嬉しいらしい。
「えらいえらい、これから頑張れ!」
「……兄さんをあまり調子に乗らせないでくださいね、葵先輩」
可愛い姉弟のような雰囲気が、雪男のせいで霧散した。
「ちょ、調子になんて乗ってねーし!」
「褒めたら伸びるタイプかもしれないじゃない!」
そこで私と燐はお互いに顔を見合わせて、首を傾げる。二人の間で雪男の言葉への取り方が違うようだ。そんな私たちに雪男は溜息をついた。
「これから少しずつ様々な任務はこなしていくと思うけど、初めは雑務みたいなものばっかりだよ」
「げー」
「身体を慣らしていく感じかぁ。雪男もそこから?」
これから燐がやっていく任務だ。興味はある。
「人によります。けれどどちらにせよ、実戦はしませんね。まず祓魔師がどんなものかを理解していく……そんな感じでしょうか」
「見学かよ!」
「ふーん」
燐はすぐに任務へつけないことに不満なようだが、この順序は仕方ないだろう。おそらくその見学中にもふるいがあるのだ。祓魔師としてやっていけるのか、そういうことを判断する機会でもある気がする。
「まあどんなことでも積み重ねって大事だからね」
「葵先輩は本当に話が早くて助かります。兄さんはやりたいとなったら一直線ですから」
「何だとこのメガネ!」
燐が雪男に絡むのを見ていると、ほんの少し実家が懐かしくなる気がする。私にも兄がいるからだ。……いや、やっぱり鬱陶しいからそうでもない。
「あ、そうだ、葵先輩!」
雪男に絡んでいた燐が、突然こちらを向いた。
「え、何?」
「もんじゃ焼き、今度食いに行こうぜ!」
きっと昇格祝いで食べたもんじゃがおいしかったのだろう。そして今度は私も行こうと誘ってくれたのだ。
「うん、行く!」
「絶対な!あ、雪男もだぞ!」
「はいはい」
メガネを押し上げながら返事した雪男に、私は良いことを思いつく。
「雪男くんのおごりってことか!」
「葵先輩、冗談も大概に……」
「それ良い考えだな」
「兄さん!?」



日曜日の別れ道



「会っておいて欲しい者がいます」
そう呼び出された私は、何故か一人で理事長室で座っている。
呼んだはずの理事長は少し前に用があったとかで出て行ってしまった。呼んだ本人が居なくなるのならばと私も帰ろうとしたのだが、すぐに戻るからと再び押し込まれたわけだ。
一応ゲームでもどうぞと勧められはしたのだが、本当にやっていいものか。それに格闘ゲームは人とやってこそ楽しい。
「しかし理事長がゲーマーだったとは……」
あの人悪魔のはずなのだが。見たところ部屋にも様々なものが置いてある。人間の味方だの何だのという話は聞いてはいるが、もしかしたらただ、この人間の楽しみをなくしたくないだけじゃないだろうか。本当に有り得そうで怖い。
部屋の中をぐるりと見渡して、ソファーに沈みなおした。もういっそ、寝てしまおうか。本当は燐と雪男と課題をする予定だったのに、台無し。
「……かえりたい」
小さくつぶやいて目を閉じる。本当に寝るつもりはないが、少し休みたい。理事長に会うというので緊張していたのだ。
「あ、起きた」
「!?」
次に目を開けると、視界に広がっていたのは人の顔だった。危うく悲鳴を上げそうになるが、気合で堪える。
「え、あ、あれ?」
だって人が入ってきた気配なんてしなかった。全く気が付かなかった。
そんな私の様子に、目の前の青年は首を傾げる。
「兄上はどこですか?」
「あ、あにうえ?」
突然のことで頭が回らない。というかこの青年は誰だ。そして何故、人に覆いかぶさるような体勢をとっているのか。
「ここにいると聞いていたんですが」
「えっと、ちょっと待って。その、知ってたら答えるから離れて離れて」
ぐいぐいと近寄ってくる青年の胸を押しやるが、どんな力を込めているのかビクともしない。自分の力では全く動く気配がなかった。
「ちょ、だから、」
足でも使ってやろうかと思った瞬間、あっさりと青年の身体が離れる。どうやら上半身を起こしたようだった。
立つと分かる。結構背も高い。もう暑い気候にも関わらず、冬のような格好をしている。
そんな青年はくるりと部屋を見渡すと、最後に私を見た。
「……不思議な匂いがしますね」
「え?」
何か匂いがするのだろうか。私はこっそり匂いを嗅いでみるが全然分からない。
「悪魔ではないのに、人のとも違う」
「!?」
青年の言葉にはっとする。この人は、普通の人間ではない。祓魔師か悪魔かは分からないが、悪魔という単語を口にした時点で、一般人でないことは確かだ。
「どいてください」
「どうして?」
青年が笑う。疑問に感じたことは、すぐにでも解決したい主義なのだろうか。大迷惑である。
それに不思議な匂いとは一体何のことなのか。
「ボクはこんなの、初めて見ました……」
そろりと手が伸ばされる。私はそれを避けようと仰け反るが、椅子の背に邪魔されて逃げるにも限度があった。
この青年が悪魔なら、私に触れれば身を焼かれるだろう。勝手に触られてうっかり逆切れでもされたら、正直やっていられない。
私が攻撃的な悪魔に対抗できないというのは、候補生試験での一件でよく理解したつもりだ。
「あなたが悪魔なら、触ると大やけどしますよ」
忠告のつもりで口にした言葉は、どうしてか青年に余計な興味を持たせてしまったようだった。
「それは不思議ですね。ああ、兄上が言っていたのは、あなたのことですか……桐野、葵さん?」
青年の目が細められる。遊べる獲物を見つけた、強者のように。




fin...


アマイモン登場。
20110717
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