「この部屋なら問題ないでしょう」
雪男は燐を床に下ろすと、私と杜山しえみへ視線をやった。
「兄さんはこのままにしておいてください。僕は確かめなければならないことがありますから……」
雪男はさっき、燐のためだと言った。ならばその確かめたいこととは、燐に関することだ。そして一番最初の電話と、部屋に入ってきたときの表情。
「……燐を狙ってる人でもいるの?」
「!?」
燐に布団を被せてあげている彼女には聞こえないように言えば、雪男はぎょっとしたように私を見る。弟くんは私に考えていることが顔に出ると言うが、人のこと言えないと思う。
「雪男はその誰かを確かめたいんだね」
視線は逸らさない。私の考えが正しいのだとしたら確かに一大事だ。絶対に、守らなければ。
「……分かりません。でもこれは、確かめておかないといけないことです」
「うん」
私にはこの双子の事情はほとんど聞かずにいる。知っているのは燐が強い悪魔の血を引いているということと、その事実を他人には知られてはならないということ。実はそれくらいだ。
今まで教えて欲しいとは思ったことはない。私は桐野で聞かれたくないこともあったし、知らなくとも何の不都合もなかったからだ。私は燐をどこまでも助けるつもりで、そういうことは関係ないと思っている。
でもその「知らない事情」で燐の身に危険が及ぶというのなら、私はそれを知っておきたい。何かが起こる前に防ぐこともできるかもしれない。それに。
「今は聞かないけど、今度もし教えても構わないと思ったら話してよ。雪男だけが頑張るって言っても、限度があるでしょう?」
「……はい。でも葵先輩はまず、しえみさんと最低限のコミュニケーションは取ってください」
「関係ないよね」
「あります」
ふと、雪男が柔らかく微笑んだ。燐と少し似ている気がしてどきりとする。
「大丈夫ですよ。側には兄さん、それに僕もいます。葵先輩が心配していることは、絶対に起こりませんから」



大丈夫ですよ



雪男はその確かめたいことのために部屋を出て行った。残ったのは全く事情を知らない二人と、何となく勘付いた自分一人。
しかし弟くんは、随分無茶を言ってくれる。私は自分の事情を知らない人と積極的に関わったことがないのだ。小さな頃はあったのだかもしれないが、当然覚えてなどいない。
(ほんっと、どうしろっていうの……)
そう考えながらそっと杜山しえみを見ると、彼女もこちらを見ていた。
「!?」
「!」
お互いまさか目が合うと思っていなかったのか、両者同時にあらぬ方を向く。何だこれは、付き合い始めのカップルか!
自身にツッコミを入れつつ、もう一度彼女を見る。向こうも再びこちらを伺っていた。真っ直ぐ向けられる視線に思わず逃げ出したくなるが、堪える。
大丈夫。側には燐もいるし、慎重派であろう雪男からは、絶対とのお言葉をもらった。
「私の名前、どちらからか聞いてる?」
「!い、いいえ!」
元気良い返事に、思わず笑みがこぼれる。可愛いなあ。
「私は……、桐野葵」
一瞬名字を言うか言わないか迷う。けれど言っておいた方がいい。色々な意味を込めて。
「桐野、先輩?」
杜山しえみは桐野に反応しなかった。知らないらしい。まあ、祓魔師でも全員が知っているわけではないのだから、当たり前かもしれない。
「あなたの先輩ではないし、名前だけでいいよ」
「……葵さん?」
少し硬い気もするが、お互いどうやって歩み寄っていいのか迷っている段階だ。初めはこれくらいでいいだろう。
一人で納得していると、杜山しえみが勢い良く立ち上がった。その動きに思わず後ずさる。どうした。
「私のことも、その、な、名前でよんん、」
噛んでいる。緊張によるものか思いっきり。しかもそれが恥ずかしかったらしい。彼女の顔は真っ赤だ。
「か、肝心なところで……!」
頬を押さえる杜山しえみはかわいい。燐が薦めるくらいだ。きっといい子なのだと思う。
「なら、しえみちゃんって呼んでいい?」
「!は、はい!」
杜山しえみ改めしえみちゃんは、今度は本当に嬉しそうに笑ってくれた。何だか胸の辺り、がじんわりと暖かくなる。
この桐野に生まれていなかったら、今までもこうやって友人が出来ていたのかもしれない。普通に話し掛けて、笑って、そんなことが出来たのかもしれない。もしかしたらなんて考えても仕方ないことだけど、思わずにはいられない。
でもそうなれば、私は燐と雪男と友人になることはなかったのだ。それどころか、知り合っていたかすらも怪しい。今はもう、私にとってどちらが良かったかなんて分からなかった。
「じゃあ、しえみちゃんは燐のこと見てて。私は廊下に出て様子見てくるから」
「え?」
「何かあったら大声で呼んで」
「あ、はい!」
返事が返ってきたのを確認して、廊下へ出る。やはり二人きりというのはきつい。確かに燐はいるけれど、寝たままではいないも同然だろう。
ドアを閉じて、ほっと一息つく。壁伝いに座り込んだ。
嬉しいような怖いような。とにかく複雑な気分である。そのうち家に帰ることがあったら、身代わりの木をもう少し削ってこようと思う。
「ともだち、か……」
小さくつぶやいた瞬間だった。どこからか大きな銃声が響く。それも一発どころではない。
「え、なに!?」
一番最初に思い浮かんだのは、雪男のことだった。弟くんの言っていた「燐について確かめたいこと」が現実になったのだ。しかも、何かしら攻撃しなければならないレベルの。
「しえみちゃん、燐とここに。私は部屋を確かめてくる!」
ドアの前から声を掛けて、返事は聞かないうちに走り出す。狙われているのは燐だ。なら彼はここにいた方がいい。ほんの少し背中が痛んだが、初めほどではない。
また銃声。今度は少し離れた。まさか移動している?
「……理事長に連絡」
今頃重要なことを思い出した。そういえば、ここに入る際に言われていたことがあったのだ。
何かトラブルが起きることがあったら私の携帯に連絡をください、と。
これこそ大変なトラブルだ。急いで携帯を出して、電話帳を検索する。番号なんか覚えていない。
焦って何度かボタンを押し間違える。ようやく通話ボタンを押した頃には、完全に銃声は部屋から遠くへ離れてしまったようだった。
数コールを待つのが長く感じる。ぎゅっと携帯を握り締めると、ピッという音の後に理事長の声が聞こえてきた。
「理事長、私です。桐野です」
「はいはい、こんな夜遅くに何ですか……」
電話の向こうの声は随分気だるそうだ。寝ていたら申し訳ない、と思うと同時に、少し恨めしく思う。こっちは大変なことが起こっているというのに。
「多分、その、燐が狙われています!」
表情は見えないはずなのに、理事長が笑った気がした。




fin...


困ったときの理事長頼み、のはずが。
20110703
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