守るから、と燐に言われた。人にそんなこと言われたのは初めてで、態度には出していなくとも、実は相当舞い上がっている。祓魔師になる勇気も覚悟もまだないけれど、自分も自分なりに、彼らを守れたらいいと思う。
考えれば私は、少しずつでも見ているのだ。祓魔師というものを。それになろうとしている人たちを。



嫌な予感



私がご飯を食べたのを見届けた燐は、部屋を出て行った。合宿は昨日の試験の時点で終わりになったらしく、もうここに塾生たちは居ないらしい。ということは、この寮はまた三人だけになるということだ。
それについては安心できるが、これからは学校でも少し気をつけなければならないだろう。見たところ杜山しえみ以外は全員正十字学園の生徒のようだし、向こうも私が同じ学校に通っているのが分かったに違いないのだから。
「と、いうことは燐とのお昼も控えた方がいいのかなぁ」
一緒にいるところを見られれば、追求されるのは燐だ。嘘をつくのが下手そうな彼に黙っていろとは言いづらい。でも学校で最低限しか人と関われない私は、また以前と逆戻りだ。
「……大丈夫、戻ることなんかない」
小さくつぶやいて深呼吸する。ここに帰れば双子がいるのだ。何の問題がある?
突然の音楽に身体が飛び上がる。
「ワオ!いっ……た」
捻った背筋に痛みが走った。それに溜息をついて、音源を探す。これは携帯の着信音だ。
背中を変に捻らないように気をつけて視線を巡らせる。しかし、電話が鳴るなんて珍しい。
「あ、」
枕元にあった携帯を拾い、ディスプレイを見る。そこにあった名前はもっと珍しいものだった。
「奥村雪男」
慌てて通話ボタンを押す。
「はい、もしもし!葵です!」
「知ってます」
「あ、はい……」
慣れないとはいえ少し恥ずかしいことをした気がする。しかし携帯電話から雪男の声が聞こえるのは新鮮だ。
「葵先輩、そこに兄さんはいますか?」
「え、いないよ。少し前まではいたんだけど」
おやすみって言って、お皿まで片付けてくれた。そう伝えると雪男は何かを考えているようだった。その沈黙に、何だか焦りを感じる。
「なんかあったの?」
「いえ、……いや、保険のつもりで話します。身体が動くようなら、兄さんの部屋に行ってください」
理由は見当も付かなかった。でも「保険のつもり」が必要なことが起こるかもしれない、というのは理解できる。
「分かった。他は?」
「出来れば兄さんを起こして、別の部屋に待機してて欲しい」
「オッケー。なら待機は、私の部屋じゃない方がいいんだよね」
部屋を出ろということは、その場所で何かが起こるかもしれないということだ。なら燐の部屋の隣りでは意味が無い。
「そういうことになります」
「分かった。すぐ行く」
雪男が移動しながら話しているのは分かる。この分だと例の不思議鍵か何かで寮に帰ってくるのだろうが、急いだ方がいいならそうしよう。
「葵先輩、」
「ん、切るよ」
「兄さんを、お願いします」
電話は雪男から切られる。私は少しの間その場から動けなかった。
「……あ、いや、考えるのは後!まずは燐!」
そうだ、停止している場合ではない。起き上がってベッドから降りる。大丈夫、背中は痛まない。
軽く服装をチェックすれば、私はTシャツのままだ。学校のスカートは……少し汚れている。多分屍の体液とやらだろう。でも問題はない。
「っていうか、そのまま寝かせられてたのか……」
知らないうちに着替えさせられていても驚きだが、一日寝込んでいた私をそのまま放置っていうのもアレではないか。燐の部屋へと向かいながらそんなことを考える。
「っと、」
自分の部屋を過ぎて隣りが、双子の部屋だ。私はすぐさまドアをノックした。
「燐?燐、起きてる?」
返事は無い。もう既に何かあったのだろうか。最悪を想定して、ドアノブに手をかける。無断で入るのはマナー違反だろうが緊急事態だ。
「あけまーす」
施錠はされていない。あっさりと開いた部屋の中は暗かった。自然と電気のスイッチを探すが、思いとどまる。用心のために、消したままの方がいいかもしれない。
「燐?」
部屋にいないのかと思ったが、良く見れば寝ていた。私が入ってきたにも関わらず、気持ち良さそうに就寝中だ。
「燐」
そんなところを起こすのは心苦しいが、雪男のあの様子を聞いたらぐずぐずしてはいられない。
「燐、起きて。燐、」
何度か呼んで揺すってみるが、反応は無い。一度寝たら起きないとか、そういう類なのだろうか。
「りーん、お願いだから起きてってば」
全く反応は変わらない。これは最終手段として、手で触ってしまうしか。恐る恐る手を伸ばす。少し痛いかもしれないが、一瞬だけだ。
だが触れることはなかった。後ろでドアが開く音がしたのである。
「だれ!?」
驚いて、燐を庇うように立つ。しかしそこにいたのは悪魔でも、知らない人間でもではなかった。
「雪男」
「葵先輩、」
走ってきたのか肩が上下している。私の立ち位置を見て、どこかほっとしたようだった。
「良かった。言うのを忘れてました。兄さん、なかなか起きないでしょう」
「うん、全然起きないから強硬手段に出ようかと思ってた」
手のひらを見せながら言えば、雪男は苦笑して首を振った。
「確かにそれなら起きると思いますけど……。どうなるか分からないので、そのまま寝かせておいてください」
「え、いいの?」
「はい、僕が運びます」
雪男は私を避けて、寝たままの燐を肩に掛ける。それなりに重量はあるだろうに、余りそんなことを感じさせない担ぎ方だ。
「そしてそれでも起きない燐」
「葵先輩は枕と掛け布団を……」
言われてすぐに二つを持つ。燐を抱えたままの雪男では、ドアを開けるのは難しいだろう。先に出口へと向かおうとした時、そのドアが開いた。
「!」
「ゆ、雪ちゃん!」
それもまた、悪魔でも知らない人間でもなかった。
着物の女の子。


確か、杜山しえみ、だ。



fin...

避難。
20110626
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -