不安でどうしようもない時、誰かが側にいてくれたら嬉しいと思う。私は今まで一人のことが多かったから、友だちと不安を分かち合ったことはないのだ。
その代わり、家族は私を気にしていてくれた。呪が他人に影響するなんて言うのは私しかいなかったし、それに。
あん  おきな  を  ったのは  め だった ら。



彼の呪いも、憂いも



「よ、大丈夫か」
私はまた眠っていたらしい。目を開ければそこには、いつ入って来ていたのか燐がいた。寝起きのせいか頭の中はまだぼんやりしている。
掛けられた問いかけに答えられないでいると、燐は仕方なさそうに笑う。その表情は優しいものが沢山詰まっている気がして、釣られて私も笑った。
「腹は?」
「へ?」
「空いてんだろ」
そう言われてみれば、お腹が空いている。というか意識した途端お腹が鳴りそうだ。
「す、すごく空いてる……」
「だろうと思った。雪男に起きたって聞いたから、作っといたんだぜ」
ほれ、と示された場所には器。中は体勢的に見ることは出来ないが、湯気が立っている。おいしそうな匂いもした。その瞬間、本当にお腹が鳴る。
「!!」
「ほぼ一日寝込んでたから仕方ねえだろ」
恥ずかしさに布団を頭まで被ると、燐は衝撃的なことを言った。私が、一日寝てたって?
「うそ!?」
「ほんとほんと。葵先輩全然起きねえから心配した。雪男はもっと焦ってたけど」
起きろ、と背中を支えられる。本来なら自分で起き上がりたいところだが、変な捻り方をしたらきっと痛む。ここは素直に手伝ってもらおう。
「……やっぱちょっと痛いかな」
「あ、わり。打ったところ触ったか?」
「違う違う。なんか力入れると、」
背中が痛い。打撲なら背にして寝ているという時点で痛むはずだから、これは多分どこかを捻ったのだろう。
「あたたた……」
「む、無理すんなって」燐があたふたと私の背をさする。
それにしても、あれだけの衝撃を受けたのに、これで済んでいるのが不思議でしかたない。普通だったら背中全体が打ち身状態でもおかしくないはずだ。でも、触られても痛くはなかった。
考えれば考えるほど不安要素が出てくる。どうせならあの部屋に入る前まで、時間が戻ってはくれないだろうか。
「ほら、食べろよ」
背をさするのを止めた燐は、私に器を渡しながらそう切り出した。中を覗くと熱そうな卵粥。
「わあ……」
「俺特製卵粥。胃に優しい方がいいだろ」
「い、いただきます」
暖かい湯気が鼻孔を満たす。お皿と一緒に渡された蓮華でひとくち。おいしい。
「おいしくってしあわせ……」
燐の料理は元々おいしい。私は燐の作ったものは何でも好きだ。だから味付けを教えてもらったりもするし、自分で挑戦してみることもある。けれどこうやって「人に」作ってもらうのは、また別の嬉しさがあるものだ。
「そういや志摩って奴がさ、先輩のことすげー気にしてた」
半分ほど進んだところで、燐は食べているのを見ているだけでは退屈なのか話し始めた。確かに人が食べているのを見ていたって、お腹が膨れるわけでも味わうことが出来るわけでもない。私は黙って聞くことに徹する。
「まあ皆気にしてたけど、雪男に一番しつこかったのは志摩だったよ」
志摩。頭の中で考える。すぐにフルネームが出てきた。志摩廉造。私が身代わりを作った人。
「葵先輩は誰だって。お礼もしたいって言ってたけど、雪男が笑って黙秘を貫いてた」
その笑顔は穏やかなものではなかったのだろう。燐は身震いした。弟くんは結構怖い。それは私にも分かる。その情景が目に浮かぶようだ。
「お礼ってさ、何やったんだ?」
「ん?」
卵粥から燐に目を向けると、彼は窓から外を見ていた。
「身代わり作ったの。でもそんなこと教えてないから、私が原因だって分かるはずもないんだけど」
そうだ。私が勝手に身代わりを作って、そのままにしていた。ならその志摩という子は、私に礼をしたいなんて言うはずがない。
その理由を、燐は知っているようだった。視線が私へ向けられる。
「絶対に守るからって言われたって」
「……言ったかもしれない」
良く考えれば、そんなことを言った気がする。あの時は必死だったから、口に出したこと全て覚えてはいない。でも多分、そう言ったのだろう。この、私が。人と関わることが怖かったはずなのに、守るなんて口走ったのか。人を、守れたのか。
それだけのことなのに何だか嬉しくて、口元が緩んでくる。だがその代わりに、燐の眉間にはシワが寄った。
「燐?」
「俺が、もっと早く戻ってればな」
むっつりとした言い方は、まるで拗ねているようだ。雪男に言い負けたって、私にからかわれたってそんな態度をとることはほとんどないのに。
「戻ってれば、葵先輩にそんな怪我させなかった」
言われたことを、すぐには理解出来なかった。ワンテンポ遅れてその言葉が頭の中を走り回る。
私は今、とても破壊力のあることを言われたた。頬が熱くなるのが分かる。燐はこういうことを平気で言うから要注意だ。勿論怪我をさせたくないという以外の感情は入っていないだろうから、ドキドキするだけ無駄なのだが。
無駄なのに、きゅんとくる。でもこれは仕方ない。こんなこと言われたら誰だってこうなる。持っていた蓮華を置いて、頬を押さえた。
「……あ、ありがと」
普通に言えただろうか。
「ん、あとこれ」
次に燐が取り出したのは、その身代わりの破片だった。人を守った証拠に、真っ二つに割れている。
「雪男が調べても全く分かんねえって」
「調べたんだ」
「おう。でもこれ、ただの木だよな」
燐の手から、割れた片方を受け取る。確かにただの木だ。今は何の変哲も無い普通の木片。
「まあそうだね。使っちゃったから、今はただの木だよ」
「へー、使う前は?」
「これ、大きな木の一部を削って持ってきてたの。簡易の身代わりになるからって」
身代わりになるお守りというものは、結構様々な場所に売ってたりする。でもこれは、成功すれば確実に人を守るものだ。危険と隣り合わせの祓魔師にしてみれば、興味を持つのも当たり前だろう。
「桐野でも何代も昔の話だから多少は違っているかもしれないけど、もともとは人を乗っ取る悪魔の力だったんだよ」
ある人間にそっくりそのまま成りすまし、その姿で家族を喰う。その力が大きくなって、村人の姿をしたモノが同じ村人を喰っていく様は、まるで地獄絵図のようだったという。
「祓魔師がそれを退治しようと悪魔を木に封じたらしいんだけど、それでも抑え切ることは出来なかった」
そこで頼られたのが桐野だ。
「どうやってか木を切り倒して、三つくらいにバラバラにして預かってるんだって。そのうちの一つが、家の蔵に置いてあるの」
「え、まさかこの木って」
燐がぼとりと破片を落とした。確かにそんな話を聞いたら怖くなるだろう。
「大丈夫。これが処分の方法でもあるから」
預かりものそれぞれに、それぞれの処分の方法がある。長年封じて力を薄めさせていくものもあれば、こうやって消費して使い切ってしまうやり方もある。
「それにこういう話って、本当か嘘か分からないものも多いんだって。この力は本物だけど、この話は、力を簡単に出させないために作られた可能性もあるって言われてる」
私は持っている木片をなぞった。
「助けられるなら、どんどん使えばいいのにね」
人を助けるのも守るのも、どこかくすぐったくなる。けれど決して、嫌な気分にはならない。私は呪で人を巻き込むことしか出来なかったから、こうやって役に立てるのは嬉しいと思う。
「……先輩は、その身代わり持ってんの?」
「ん?」
「だから、葵先輩の身代わり」
燐に言われて考える。そういえば、自分のは作ったことは無かった。でももしかしたら桐野で作っているのかもしれない。そう考えれば、今回の怪我だって納得がいく。
「分かんないけど、ある……のかな」
「ふーん」
落とした木片を拾った燐は、それをぎゅっと握りこんだ。それなりに力を入れたのだろう。彼の手の中で木が割れる音がする。
「……燐、怪我するよ」
「大丈夫」
目を閉じて、静かになる。燐は何か考えているようだった。
「燐?」
「雪男が」
「?」
「雪男が、あんま使わない方がいいってさ。祓魔師が知らない手段だから、広まったら面倒なことになるかもしれないからって」
言われてみれば、そうかもしれない。でも目の前で助けられる人がいたら、手を出してしまうのは仕方ないことだ。今は木片もないし、したくても出来ないけれど。
「まあこれからは、葵先輩がそういうの使わなくてもいいように俺……、と雪男が守るよ」
「……燐、」
「なんだ?」
「色々ツッコミどころはあるんだけど、それはちょっと置いといて。そーいうこと女の子に言うときは、よく言葉を選んだ方がいいよ」




fin...


燐の天然炸裂。
「使わない方がいい」=もしかしたら倒れたのは、その身代わりを作ったせいなんじゃないかという雪男の考えから。
20110619
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