「葵が箱に触れたらしい」
「あれはどうやって被害を食い止めるのだ」
「このままだと死ぬかもしれない」
「……方法はある。桐野の方法が」

もうもどれなくなるかもしれないけれど。



目覚めて



「もどれない、」
目が覚めて、一番最初に口から出てきた言葉は恐ろしいものだった。戻れないとはどういうことだろう。桐野は私を、どうやってあの箱の呪いから守ったのだろう。
「目は覚めましたか?」
「!?」
夢のことを考えていると、視界が突然雪男にジャックされた。それに驚いて飛び上がりかける。
「!?」
「ちょっと、大丈夫ですか?」
飛び上がれなかったのは背中が痛いからだ。その痛みが分かったのだろう。雪男は心配そうに、上体を起こす私に手を貸してくれた。
何だろう。この優しい感じが怖いんですけど。
「あ、ありがと……」
「いえ、」
お互いが黙り込む。何を話していいのか分からない。燐は無事だったのだろうか。塾の生徒は。聞きたいことは沢山あるのに、それを口にしたらこちらも色々なことを聞かれそうで。
「……すみませんでした」
「え?」
雪男の口から出てきた言葉は、予想外のものだった。弟くんは私を見ないまま話し始める。
「こんな風に巻き込むつもりはなかったんです。まさかここまでやるとは思ってなくて」
ここまでというのは、一体何のことだろうか。そして今更気がついたのだが、どうして私はベッドで寝ているのだろう。
勿論、屍のことは大体覚えていた。
三匹目が乱入してきて、私は潰されかけたのだ。そして何故か、屍は私を殺す前に消滅して……。そこからの記憶が、飛んでいる。
「今回の屍番犬(ナベリウス)は、フェレス卿の管理のもと行われたものだったんです」
「……うそ、」
私思いっきり参加していた気がするんですが。そして三匹目は、本当に洒落にならないレベルだったんだけど。
「そもそもどうしてあの場に、葵先輩がいらっしゃったんですか」
「だ、だって、理事長があの部屋に避難してくれって。それに早めに雪男と合流しようと思って、連絡前に部屋を出たんだよ?」
部屋に着く前に電気は消えてしまったけれど。
「僕と合流?」
「そう。実習やるのは聞いてた。危険かもしれないから奥村先生のところに避難してくださいって」
「……そんなことひとことも、」
雪男の表情が険しくなった。少し考える仕草をして目を閉じる。私はそれを、黙って見つめた。
だが次に目を開けた雪男は、もうその話題に興味はないようだった。
「その辺りはフェレス卿に聞いておきます。ところで、体調は大丈夫ですか?」
「え、あ、はい」
「ならそろそろ失礼します。これから行かなければならないところもありますし。……背中の痛みが引くまで、くれぐれも無理はしないでくださいね」
テキパキと部屋を出る用意をした雪男は、あっという間に扉へと向かっていった。もしや私が起きるまで付いていたのだろうか。……いや、それはないだろう。
「あと、この部屋は兄さんにしか教えてません。他は来ることはないと思うので、下手に隠れたりしないでください。身体を一番に、分かりましたか?」
扉を出る前にそう忠告される。先生のような物言いに思わず頷くが、そこで気が付く。
「あ、あの部屋にいた子達は……」
大丈夫だっただろうか。特に志摩廉造。彼は思い切り屍に跳ね飛ばされていた。身代わりも即席だから、完璧ではないのだ。
「大丈夫です。問題があったとすれば、屍(グール)の体液を被ったことだけ。その治療も終わっていますし、今回ひどい怪我をしたのは葵先輩だけですよ」
そうだ、雪男も一応塾の講師だった。私にもそういった話し方をするのは、それが抜けないからだろうか。
「じゃあ、燐は」
「兄さんも怪我はありません」
それを聞いてほっとした。肩の力が抜ける。
「しかし、その実習で怪我したのは塾生以外とは……理事長も予想外だったかなぁ」
自嘲しながら言えば、雪男は妙に真剣にこちらを見た。そうしてゆっくり、私の言葉を否定する。
「実習では、ありませんよ」
「え、」
「候補生認定試験です」
「でも、実習をやるって、」
確かにそう聞いた。そう言っていた、はずだ。しかし雪男に言い切られると、ちょっと自信がなくなってくる。
「……きっと、葵先輩が聞き間違えたか、理事長が言い間違いをしたんでしょう」
「そうなのかな」
「おそらく。では、僕はこれで」
雪男はそれだけ言うと、扉の向こうへ消えていった。妙に急いでいた気がする。急ぎの用でもあったのだろうか。そうであって欲しい。
急いでいたから、私の相手をしている暇がなかったのだ。
そう思い込む。そうでないと、嫌なことを考えてしまいそうだからだ。だって雪男は、三匹目の屍が消えたことを何も聞かなかった。
一匹はおそらく燐が剣か炎で倒した。二匹目は男の子が何かの詠唱で倒した。では、最後の屍は?
実習でなく試験ならば多分、人の目もそれなりににあったはずだ。原因が分からない消滅なんて、どう考えてもおかしい。だから試す側である講師は、絶対に何かしら聞くはずなのだ。どうして屍が消えたのかを。
勿論聞かれたところで、私は答えなど持っていない。でもおそらく、頭で響いたあの声は関係していると思う。
「……もしかしたら、他の人が倒してくれたのかな」
部屋にいた他の人が。けれどどうしても、屍のあの消え方が気になってしようがない。聞き覚えがあるから、余計に。
「呪いのせいだったら、どうしよう」
知らないことがありすぎて、そう判断するのが正しいのかそうでないかすら分からない。私は今まで桐野にいたのに、自分の預かりもののことはほとんど知らないのだ。


だからこんなに、不安なのだろうか。




fin...

つのる不安。
20110616
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