「見たとこ塾生でもなさそうや。あんたが誰かは聞かへん。とりあえず端(へり)にいてくれ」
悪魔は見えるただの人。そう判断してくれたらしい塾生の男の子たちは私を杜山しえみの横へ避難させると、悪魔を倒す算段を始めた。
私には何を言っているのかも何をしようとしているのかも全く分からない。もう一人の女の子はそれを危険だと言っているけど、どうしてそうなのかすらも分からなかった。
もし、もし私が何かを学んでいたら、こうやって自分の無力さを突きつけられることはなかったんじゃないだろうか。何か少しでも、協力できることがあったんじゃないだろうか。



わたしたち



何かを唱え始めた二人と、錫杖を構えた一人。全ての話を聞いていたわけでも理解したわけでもないが、やろうとしていることは少し分かった。
彼らは唱えている呪文のようなものであの屍を倒そうとしているらしい。そして構えている彼はサポート役というところだろうか。何かを唱えるだけで悪魔が倒せるなんて思いもしなかったが、そういう方法もあるのだと強引に自分を納得させる。
隣りの杜山しえみの呼吸が荒い。多分とても辛いのだと思う。これも見ていることしかできない。
祓魔師と関わりたくないと考えていたのは私なのに、目の前で何もできないことが悔しい。桐野は多少の祓いもできたはずだから、少しは学んでおけば良かったとも思う。
そうすれば、こんな。人に頼りきるなんてことしなくても。
「お、奥村くんどないならはったろ……」
「考えたないなぁ」
いつの間にか唱え終わっていた一人が、燐を心配する。確かに心配ではある。
それについては、私には多少の余裕があった。小さな怪我などは防げないかもしれないが、大怪我については、実は問題ない。以前作った身代わりを、私はまだ破棄していない。機能しているはずだ。
「!」
そこで今更思いつく。
「ちょっと、そこのピンクの!」
「え、俺?」
突然呼ばれたことに驚いたらしい。でもそんなことを気にしている時間はない。
「名前、名前教えて!」
そう言いながら制服のポケットを探る。帰ってきて着替えたりしなくて本当に良かった。
私には、桐野にしか出来ないことがある。
「早く!」
「し、志摩廉造……でもそんなんで何を」
「一回は、絶対に守るから」
取り出したのは、燐にも使った木の破片。予備だから、これで最後。失敗はできない。
深呼吸して、息を整える。祈るように手を掲げた。大丈夫。この木の力は充分強いから私にも扱える。今までも、燐にもできたじゃないか!
「お前は志摩廉造だ」
燐にも唱えたこの言葉。こうやって人の前で行ったのは初めてだった。ちなみに、理事長は別です。
隣りで杜山しえみが倒れて木の幹が消える。間に合え。
「彼(か)の呪いも、憂いも、全てお前が引き受ける。守れ、必ず守れ」
木の破片が、ほんの少し熱を持った。それを倒れた杜山しえみの側へ置き、ブラウスのボタンを外す。悪魔は私に直接触ることは出来ない。下には半そでのTシャツを着ているから問題はなかった。
いつの間にか側に来て何かを唱え終えた女の子はぎょっとしていたけれど、構っている状況ではない。
だがそれは必要なさそう。電気が点いて、もう一人の男の子が唱え終わったのだ。その効果だろう。屍の身体が音を立ててはじけ飛ぶ。
終わった。屍は跡形もなく消えた。





――窓のガラスが割れたのは、周りがほっとした瞬間だった。

枠が拉げる音と共に、再び屍が入ってくる。何かを継ぎ接ぎしたような、醜い悪魔。
「な、まだ……!」
「うそでしょ!?」
一度抜けた力はそう簡単には戻らない。時間を掛けた何かの詠唱も、即興では不可能だ。
そして一番最初に攻撃を受けたのは、比較的窓の側にいた志摩廉造だった。
「志摩!」
「志摩さん!?」
人の肌を剥いだような腕が人間一人を簡単に吹き飛ばす。私の背後で、木が折れる音がした。
この変わり身は、それなりの怪我でないと効果はない。ようは、この屍の力が普通ではないということだ。
「子猫丸!」
次は小さな坊主の男の子だとばかりに、その屍が腕を伸ばした。
私はあの子を守っていない。あれでは死んでしまうかもしれない。どうすればいい?分からない。でもどうにかしなければ!
行動を起こした後にどうなるかなんて考えなかった。伸ばされた黒ずんだ腕に、自分の肌ができるだけ触れるように掴みかかる。
接触すると嫌な臭いがした。腐った肉が焼ける、普段なら嗅ぐことのないものが。
聖水は効くのだろう。屍からもがき苦しむような声が上がった。生き物をそのまま引き裂くような悲鳴。耳を塞いでしまいたかったけれどそういうわけにもいかない。このままどうにかして、と考えた時、背中に衝撃が走る。
「うっ……!」
近くの壁に叩きつけられたのだ。桐野の体質は特殊なもの。だがそれだけ。悪魔からの直接的でない攻撃は私にも当たる。
「おい!」
「きゃあ!」
遠くで人の悲鳴が上がった。霞みそうな視界で無理矢理に前を見れば、そこには腕を振り上げた屍。……確かにあれを振り下ろせば、腕は焼けるかもしれないが私は殺してしまえる。

殺してしまえる。死ぬ。しぬ。殺される。死ぬ。怖い。私が。 い。違う。だれ。殺される。わたし。た けてしぬち  でしょ わた た の  ぶが   る。たすけて。

走馬灯が走るとはこういうことかと自嘲した瞬間、おかしなことが起こった。いつまでたっても腕が下ろされないのだ。
ぼんやりと屍を見れば、それは継ぎ接ぎ部分から血を流しているようだった。背中から、足から、腕から、頭から、黒っぽい、酸化した血がどろどろと。
他の人たちも何が起こっているのか分からないらしい。起き上がったらしい志摩廉造が錫杖を構えて私を庇うように前へ立つ。
「志摩!怪我はどうもないんか!」
「どーいうことか、ピンピンしてん」
会話が遠い。背中が痛い。自分の頭の後ろ辺りがざわりと粟立つと同時に、屍がはじけた。



私はこの現象を、症状を知っている。聞いたことがある。あの嫌いな祓魔師が、恐ろしく取り乱していたからよく覚えていた。
「この箱は何人も呪い殺してるのだ。外傷はないのに中身だけがズタズタに引き裂かれる。静かに血が溢れて絶命する、制御など出来ない呪いの箱」



……私の、預かりものだ。



fin...


ブラックアウト。
20110612
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -