見た目は普通の古い箱だった。
つなぎ目はあるのに、開け方が分からないただの箱。表面は黒く汚れていて、持ったらほんの少しべた付いていたのを覚えている。
その箱は、私が祓魔師を苦手とする原因となった人が持ってきた、対悪魔武器の成り損ないだった。
話を聞けば、封じるにも封じきれず破棄もできぬ代物だったのだという。何人かの命が、犠牲になったらしいということも。



まさかのハプニング



預かりものを置く場所を作っている最中なのに考え事をしてしまう。赤い紐が編みこまれた縄を持ちながら、私は溜息をついた。
こうやって集中できないのは絶対に理事長のせいだと思う。私が悩んでいることを、うまく突いていく。どうしてそうするのかは分からない。けれど最終的な原因は、どうにも決断できない自分のせいか。
今度は自分自身に溜息をついて、何となく時計を見た。大方の時間帯は理事長から聞いている。外は暗くなっているし、そろそろだろう。
縄を巻きながら、持っていく物を考えた。始まるであろう時間は聞いたが、どれくらいかかるかは知らない。携帯電話とライトは持っていくとして、本なんか持って行ったとしても停電の中読めるはずもなかった。雪男がいると言っていたし、理事長が他の人を私に割くとは思えないから。
「それ考えると、初めからどこか別の場所に避難っていう方法もあったような」
時間になったら連絡するから避難してくれという言葉のせいか、普通思いつくことが出てこなかった。そもそも理事長も、学校にいる時に教えてくれれば良かったのに。
「少し早めに行こうかな。連絡はないけど、早いに越したことはないし」
小さくひとりごと。一人が長いと増えるというけれど、どうなのだろう。実際数えたりしたのだろうか。
ペンライトと携帯電話だけ持って部屋から出る。今度は窓の鍵をしっかり閉めた。扉にも鍵を掛けて一安心。
もうこれで誰の侵入も許さない、はずだ。理事長なら鍵開けなんて余裕でこなせそうで怖いが。
手の中でペンライトを遊ばせながら廊下を歩く。これから燐たちの実習のことを考え始めてみたが、心配になるだけなので止めた。
良く考えれば雪男だって先生なのだ。あの兄さん想いの弟くんが、大怪我するような実習を黙って見ているはずもない。その辺りは雪男を信じよう。
あの着物の女の子も悪魔と対峙するのかと思うと、別の心配もある。トラウマとかならないんだろうか。私だったら変なの出てきたら絶対トラウマ決定だ。
「え!?」
付いていた電気が突然消えた。それに驚いて、思わずペンライトを取り落とす。拾うことを考えるより先に、何故という疑問が湧き出る。
だって、まだその指定の時間にはなっていないはずだ。
「うそ……」
悪魔祓いの実習なんて巻き込まれたら、絶対に大変なことになる。悪魔は私に触れないかもしれないが、間接的な攻撃なら当たってしまうのだ。
携帯の光でペンライトを探す。暗闇に慣れていないせいか見つからない。真っ暗というわけではないのに。転がっていってしまったのだろうか。もし離れたところに行ってしまったとしたら、すぐには見つからないだろう。
仕方ない、ペンライトは諦めよう。暗い中そう決断して走り出した。
携帯の頼りない光で部屋の番号も確かめていく。部屋に入って雪男がいなかったら嫌だからだ。きっともう廊下に出る勇気はない。そもそもここは古い建物で、それでなくとも雰囲気はあるのだ。幽霊的な。
「お化け屋敷じゃないんだから……あ、」
ようやく部屋を見つける。そうしてドアノブに手を掛け、勢い良く開けて飛び込んだ。ついでに文句の一つでも言ってやろう。
「雪男!停電がはや」
「おわっ!」
目の前にいたのは雪男ではなかった。そして、私の知る人でもなかった。
後ろでドアが閉まる。
「な、」
うっかりとかそういう問題ではない。窓からと携帯電話の光で、部屋の中にいる人は薄っすらだが見える。奥のほうに驚いている燐がいた。ここは、祓魔塾の生徒がいる部屋だ。
一瞬で全身の血の気が引く。頭は妙な、しびれる感覚がある。どうするべきか考えられない。
「アンタ、何者や」
奥の方から最もな疑問が出てくる。目の前の男の子は驚いただろうに、私を見てへらりと笑う。
「へ、部屋を間違えました……」
質問に答えるなんてことはしなかった。早々にこの部屋から出てしまった方がいい。
今なら、燐の知り合いということは分からないのだ。だから燐が質問攻めにもあわない。雪男の名前は呼んでしまったが、弟くんならどうにか躱しきってくれる。
閉じた扉のドアノブを掴んで回す。とにかくここを出たら走ろう。そう考えながら。
ドアがギイと古いきしんだ音を立てて、それから私は固まった。すると後ろにいた男の子がすかさずドアを引いてくれる。ばたんと閉まった。しっかり閉まった。
そしてその二人で顔を見合わせて、口を開く。
「えっと、気のせい、だよね」
「何やろ、目ェ悪なったかな……」
私と男の子の声は少し震えていた。だって、今の何。暗い中に浮かんでいたあの物体は何!?
「目ェ覚ませ!現実や現実!!!」
すかさず入った突っ込みに、私たちはドアから離れた。幽霊とかそんな問題じゃない。あれはどちらかというとバイオハザード的なゾンビだ。
ドアに背を向けると同時に、嫌な破壊音がした。多分あっさり破られたのだろう。女の子の悲鳴が聞こえた。隣りで男の子が転びかけている。私もつまずいて、けれど転ぶようなことにはならなかった。
「葵せんぱい」
「燐、」
燐が腕を掴んで受けとめてくれたのだ。まだ長袖のブラウスを着ていて、本当に良かった。
「昨日の屍(グール)……!」
誰かが扉を破って入ってきた「何か」を図らずも教えてくれる。屍、聞き覚えがあった。昨晩の騒ぎの原因だろう。そうなると、これは実戦形式の授業の延長なのだろうか。もしくは本当に、偶然起きたトラブル?
実習なら私には多少の余裕は出来るが、これはトラブルの可能性の方が大きい。だからこそ、連絡もなしに停電した。
考えていると背後で小さな爆発音がする。振り向こうとしたら、何かが掛かった。触ってみれば、それはべた付く液体。頭のどこかで、警告音が鳴る。
入ってくる。この部屋に。
「二〜!!!」
声につられて横を見れば昨日いた着物の女の子、名前は知っている。確か、杜山しえみ。しかもその手の中から、木の幹のようなものが飛び出してくる。何アレ。
「!?」
「ありがとね、ニーちゃん!」
「ニー!」
良く見れば、その手の中には小さな生き物がいた。その身体の中から木の幹が出ている。使い魔的な何かだろうか。少なくともただのペットではないだろう。
その木の幹は部屋に張りめぐらされて、屍の侵入を防いでいる。もちろん屍はそれに戸惑うことなく、破壊しながら進んできているけれど。
しかし、ほっとしたのもつかの間だった。燐と私以外の立っていた人が、床に座り込んだのだ。
「え!?皆どうした?」
「ちょ、大丈夫?」
咳き込んだ名前の知らないもう一人の女の子に思わず駆け寄る。背を支えると、不思議だとばかりに眉がひそめられた。
「屍(グール)の体液を被ったせいだわ……平気なの!?」
燐が固まったのが分かった。私も動揺していると思う。片方は悪魔、もう片方は体質でそういったものは効かない。口から入るような瘴気ですら大丈夫なのだ。肌の上からなんて全く問題ない。
だが普通の人間にはそれなりにダメージを与えるらしい。女の子の身体が、ほんの少し熱く感じた。
これは結構まずい状況なんじゃないだろうか。この人数がいるとはいえ、全く問題ないのは二人。しかも私は何の役にも立たない。燐は多少やれるにしても、あの剣は人前では抜けないらしいから、こっちも難しい。
どうせなら、あの預かりモノ用の縄でも持って来れば良かった。あれは結界の働きをすると聞いているから、充分役に立ってくれただろうに。
「すごい勢いでこっち来てる……!」
「暗闇で活発化する悪魔やからな」
その言葉に燐を見上げると、彼は何かを決心したようだった。
「俺が外に出て囮になる。二匹ともうまく俺について来たら、何とか逃げろ」
これには私を含んだ全員が驚いたと思う。そもそも囮ってなんだ、囮って。
数人が呆気に取られて燐を止めようとするが、もう決めたことらしい。すでに木の幹に手を掛けている。
「燐!」
「……大丈夫」
思わず呼べば、燐はこっちを振り向いて笑った。そしてすぐさま前を見る。
「俺のことは気にすんな」
そこそこ強くたって、相手は倒し方も分からないであろう悪魔だ。それとも何か方法が……。ああ、剣を抜ける誰もいない場所まで行くつもりなのか。この寮には今、私たち以外の人はいないから。
「……怪我しないで、」
飛び出していった燐に、小さな声で祈る。神様ではない、何かに。




fin...


神様が願いを叶えてくれるとは思えないから。
20110607
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