「……はあ、」
ひどく、嫌な夢を見た。
空は黒くて、地面は真っ赤。私の周りは透明の何かで覆われていて、ある一定の場所から出ることができない。
そこで彼らを眺めているのだ。多分、今回合宿に参加している塾生たちだろう。その彼らが悪魔と対峙しているのを、私は傍観している。見えるのに、手を出せない。もしかしたら協力できるかもしれないのに、声すら届かない夢。
「……なんでまた、こんな微妙なもの見るかな」
何となく時計を見れば、まだ四時を過ぎた頃だった。昨日は部屋から帰ってきてそのままベッドに潜り込んでしまったから、変な時間に起きてしまったのかもしれない。
「あー、まずい」
暗い中携帯電話に着信を知らせるランプがついていて、雪男に言われたことを思い出す。落ち着いたら連絡をくれるという話だった。律儀に電話をしてくれたみたいだ。
そろそろと携帯を取って、着信を調べる。二件。雪男とそしてもう一人、燐だった。しかも燐の方は留守電も入れてくれたらしく、メッセージが入っていた。
「おい雪男、これ向こうに録音されるんだよな?……葵先輩、お、奥村燐です。雪男が繋がんねえって言ってたけど、大丈夫か?一応屍(グール)は逃げたみたいだから安心しておけ!えっと、しえみの方は何か聞かれたら誤魔化しておくから、そっちも心配すんな。あー、あと」
そこでピーという音と共に途切れてしまった。時間切れというやつだ。多分燐は、時間が切れたことに気がついていないだろう。
私は携帯電話を持ったまま、がっくりと肩を下ろす。心配させてしまったのだろうか。心労なんか掛けたくないのに、そういう感情を向けられているというのは、ほんの少し嬉しい。
……私は本当に、このままでいいのだろうか。



候補生認定試験について



「さて、本日はイベント尽くしです」
目の前に楽しそうに座っている男は一体何なのだろう。私は学校から帰ってきて、塾生たちに見つからないように早々と部屋へと引きこもるつもりだった。そして鍵を開けて入れば、そこには男が座っていた。
――ヨハン・ファウストが。
悲鳴を上げなかった自分を大いに褒めてあげたい。
「理事長、女子生徒の部屋に無断で侵入するのは犯罪になりませんか?」
「なりません。窓が開いていましたので、そこから入ったら貴女の部屋だったというだけです」
「わー警察呼びたい気分です」
一体どういう理屈だろう。でもこの人なら有り得そうなので、気にしないことにする。それに人の形をしていると言っても、元は悪魔なのだ。騒げば騒ぐほど、喜びそうなイメージ。
「まあ、その辺りはいいとして」
「いいんですか?」
「いいです。それよりイベント尽くしって何ですか?」
不法侵入の辺りをざっくりと斬り捨てれば、理事長はつまらなそうに肩を竦めた。そこを突かれたらもっと面倒なことになるでしょうに。
「まず一つ、この寮を停電させます」
「はい?」
「合宿に使用するということです。その際はこの部屋も明かりは点かなくなりますので、避難していただきたく」
にっこり微笑まれても、全く事情が見えない私は首を傾げることしかできない。どうして合宿で使うのに、停電なんかさせなければならないのだろう。
「今回の合宿は、学ぶためにあるものです。机にかじり付くだけが勉強ではありません」
「……ああ、実践的なことでもやるんですか?」
理事長の言葉に思いついたことを口に出してみれば、彼は目を丸くした。
「一から十まで言わなくてもいいというのは便利ですね」
「理事長は結構余計に遠回りしますよね」
うっかり思ったことが出てしまった。
しかしこの人は本当に、結論を後回しにする。今の会話だって、実習するから停電させます避難してね!だけですむ話だろうに。
「結論を急いでは、大事なものが見えなくなりますから」
「……確かに、そうですけども」
説得力のある言葉なのに、理事長が言うと胡散臭くなるのは何故だろう。雰囲気のせいか。
「それで避難って、一体どこにいればいいんですか?」
「時間になったら三階の端の部屋に行ってください。奥村先生も待機していると思いますので、身の安全は保障しますよ」
身の安全と理事長は言った。そして今日行うのは実践である。
「危険なこと、するんですか?」
思い当たったことに、口を出すべきではないのに聞いてしまった。はっとしても、出てしまったものはもう戻らない。
そんな私の様子に気がつかないふりをして、理事長は答えてくれた。
「ええ、祓魔師になれば常に危険と隣り合わせです。覚悟を決めてもらうためにも、少しくらい強引な方がいい。任務では命を掛けることも少なくありませんからね」
ひとつ、心臓が鳴った。
命がけ。確かに言うとおりだ。人でないモノと関わるのは相当の覚悟が必要で。躊躇ってしまっては、自分自身だけでなく他の人の命も危険に晒しかねない。
燐は、その中に飛び込んでいくのか。
「命がけ……」
「その点においては、貴女も同じでしょう」
理事長の手が、私が使っていないベッドを指差した。そこには長い縄がまとめてある。預かり物を、ここに置くための準備だ。
「あれが、預かりものの封じ方ですか?」
「封じ方ではないです。私が万が一何かで死んだときに、預かり主がいなくても暴走しないようにしておきます。簡単に言えば、保険みたいなものです」
これも確かに命がけなのかもしれない。けれどこれで死んだ人は、桐野では(昔のことや他の家は分からないが)ほとんどいないのだ。体質の関係もあるし、呪いは薄れていくものだから。
だから私には、命を掛けているという実感が無かった。
「私は、みんなとは違う」
「……心配ですか?」
かけられた言葉は、今の私の心情を違うことなく表している。ここで否定するのもおかしい。
「勿論、心配です。理事長の監督のもとで行うとはいえ、相手が悪魔というのは……」
怪我だってするだろう。もしかしたらこれで祓魔師になることを諦める者だって出てくるかもしれない。
「実習は、覚悟のある者とない者をふるい分ける意味もあります。あまり生ぬるくては余計に彼らを死なせることになる」
理事長の言っていることは最もだ。私は危険であるとか、そういうことを考えるのをやめた。どうやったってどうにもならないことを、悩み続けるなんて馬鹿馬鹿しい。
心配はするけれど、深くは考えない。そうでなければ、自分が変な方向に暴走しそうで嫌だ。
「暗くなる前に、その部屋に向かえばいいんですか?」
「はい。数分前に連絡しますから、その時に避難してくださいね」
メフィスト・フェレス卿は含みのある微笑み方をしたけれど、私はそれに気が付かないふりをした。




fin...

実習はふるいでもある。
20110605
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