「問題があれば私から言っておきますから」
「え、見つかってその場で理由を聞かれたらどうするんですか?」
「とにかく誤魔化してください。大丈夫、貴女なら可能です」
理事長には星マークでもつけそうな勢いで言われてしまった。もし変に騒ぎになったらどうするつもりなのだろう。



合宿と悲鳴と



今日からこの旧館男子寮へ、塾生が合宿に来ることになっている。
私は理事長に「大人しくしていてください。たかが一週間ですから」と言われたが、具体的にどうするのかは聞いていない。いつも通り生活してて見つかったらどうするんですかと聞いても、軽やかにはぐらかされてしまった。
雪男と燐の方も余り気にしていないので、心配しているのは私だけだ。
「じゃあ、迎えに出ていましょうか」
「おう」
塾生は朝からこの寮に入るらしく、燐と雪男は出迎えに行くらしかった。
「……いってらっしゃーい。一週間か、長いよね」
「え、葵先輩も来ればいいのに」
「一応聞いとくけど、何に?」
「出迎え」
「お馬鹿」
「!?」
持っていたノートで軽く燐を突く。
「行ったとして、説明は燐がしてくれるの?」
燐は考えなしというわけではないだろうが、少し後先考えないところがある。私の言葉に何も返せなかったのか、彼は雪男に視線で助けを求めた。
「そういったものは本人が説明するのが一番だって知ってますか?」
雪男のこの言葉の本人とは、完全に私を指している。
つまり説明を求められても、弟くんは何も言いませんよのスタイルを貫くということだ。完全に外野気分で過ごすつもりらしい。
「説明は無理なので、出来るだけ見つからないようにします」
私の結論は、そこに落ち着くわけだ。
だが見つからないようにとひとことで言っても、それはなかなか難しいものがある。本来ならばその時期だけ別の場所に、という手もあるのだが。
「本当は新館のほうの寮に一時避難っていうのもあったんだけど、実はこの場所に預かりものの置き場所作り始めちゃって」
出来るなら、中断はしたくない。安全性を求めるなら尚更。
「だからもしかしたら質問されるかもしれないけど、燐は雪男と一緒にスルーしちゃっていいからね」
むしろその辺りは弟くんに丸投げしちゃっていいよ。そういう意味を込めて注意する。
知っていると分かれば、問われるのは本人ではない。この場合は燐や雪男である。雪男の方にはいくらでも突撃されても構わないが、燐は嫌だ。私の心情的にイヤ。
「え、俺それきっと無理っぽい……」
嘘をつくのもスルーするのも難しいかも、と燐は言う。彼は素直だし、それは予想範囲内だ。
そのための言い訳を、実は理事長に伝授されている。
「最終手段は、祓魔塾へ入るのを決めかねている見学者でいいから」
「おお!」
「でもこれ最終手段だからね?」
「え、なんで。これなら一緒にいても何の問題も……」
「いつまでも入らない人間がずっとここに住んでるって分かったら、その時はどう説明するの?」
「あ、」
「まあ、そこまで他人に興味ある人がいるとは思えないけど、用心には用心を重ねておいた方がいいんだよ」
言い聞かせてやれば、燐は納得したと頷いてくれる。嘘をつかせるのは心苦しいが、厳密に突き詰めれば嘘ではない。祓魔師に少しずつ関心が出てきたのは事実だ。
「葵先輩の慎重さを、兄さんは少し見習った方がいいね」
そのやり取りを見ていた雪男はそう肩を竦めると、文句を返そうとした燐に先手を打つ。
「さ、本当にそろそろ出迎えないと」
「……おう。じゃあ、学校でな、先輩」
相変わらずお昼は燐と食べているから、その時に様子を聞いてみよう。




学園が終わって、悪魔たちが活発に動き回る夜。
今頃燐とその他の塾生たちは祓魔師の勉強でもしているのだろう。それを雪男が教えているのを想像して、思わず微笑む。同学年が先生というのは、なかなか複雑な状況ではないだろうか。
そして私は、久しぶりに一人で課題を片付けていた。いつもは燐や雪男と勉強していたりすることが多かったから、結構寂しい。
そう考えると、奥村兄弟と過ごす時間はそれなりにあったということだ。家以外の人間と関われなかった私が。
既に燐の力は、私の中でなくてはならないものになっていると思う。流したり薄めたりしなければならなかったものが、彼は消してしまえる。触ることは出来ないけれど、側にいてくれる。
「依存しそうで怖いなぁ」
もう遅いかもしれないというのは、気にしない方向で。
「……というか、時間割とか事前に聞いておけばよかったかな」
お風呂に入りたくても、塾生とかち合ったら大変だ。ご飯に関しては、帰りに済ませてきている。こっちも、ここに来てから双子と食べていたからどこか物足りなかった。
電話も考えたのは考えたのだが、さすがに講習中にぶち当たったら迷惑だ。どうしようかと考えながら、何となく外を見る。するとそこには、見知った顔がいた。燐だ。
「!」
合宿の勉強は終わったのだろうか。暗い中目を凝らしても、他に人は見当たらない。
とにかくこれはチャンスである。どれくらいで塾生の活動が終わるのか聞いておきたかった。燐に分からなくとも、それとなく雪男に知らせてくれれば、何かしら連絡をくれるかもしれない。一応携帯の電話番号は教えてあるのだ。もし何もくれなかったら、夜中に迷惑電話掛けてやる。
密かにそう決心して、勢い良く部屋を飛び出す。燐がすぐに帰ってしまわないことを祈ろう。


「こらああああああ」
「きゃあああ」
階段を下りきって、角を曲がろうとした時だった。誰かの怒った声と、悲鳴。驚いて急ブレーキを掛けるも、間に合うはずもなく。
角から出てきた人に、軽くではあるが接触した。
「うわ!」
「きゃっ」
「うおお、あああああ!!!」
上から順に私、女の子、燐だ。
しかも燐が女の子の首根っこを掴んでいたのを放したせいで、支えを失った彼女はこちらへ倒れてくる。着物の良く似合う、可愛い女の子だった。
見捨てるわけにもいかず、とっさに手を出してそれを支える。その際に燐とアイコンタクト。
(なにやってんだ葵先輩!)
(それはこっちが聞きたい!)
(ど、どう説明すればいい!?)
(うわあああ、どうしよう!!)
お互いが大混乱を起こしているせいで、アイコンタクトは意味を成さなかった。
ここに雪男が居なくて良かったのか悪かったのか。弟くんがいればそれなりに収めてくれそうな気もするし、思いっきり呆れて見捨てられそうな気もする。
「え、あの、だ、誰、ですか?」
支えたままの女の子から、最もな言葉を掛けられた。私はうまい説明が思いつかなくて、固まってしまう。万が一見つかったらというシチュエーションは、それなりに考えていたはずなのに。
固まった私をフォローしてくれたのは、同じく混乱していた燐だった。
「先輩、ほら、こいつだよ。しえみって!」
けれどフォローになっていません。この着物の女の子が、以前話していたしえみという子なのは分かった。でもそれだけだ。会話が途切れる。
するとその不自然に途切れた話に戸惑ったのだろう。女の子は私と燐を交互に見て、それからはっとしたように頭を下げた。
「あ、わ、私は杜山しえみです!」
何故自己紹介しようという気になったのかは分からないが、動かなくなっていた空気を変えてくれたことは素直に嬉しい。
後は、どうやってここを退くかである。よし、と胸のうちで気合を入れた瞬間だった。
「きゃああああ」
今度の悲鳴と共に聞こえてきたのは、何かが崩れる音。方向的に浴場ではないだろうか。
「!?神木さんと朴さんの……」
杜山しえみと名乗った女の子は、あの悲鳴に聞き覚えがあったようだ。するとすぐに、燐が走り出す。
「り……」
「お前は雪男に知らせに行け!」
どうやら燐は、悲鳴の元に駆けつけるつもりらしい。崩れる音もしたのだから、もしかしたら悪魔かなにか入り込んだのかもしれない。確かに雪男には知らせに行った方がいいだろう。
杜山しえみはその燐の様子に少し呆然とした後、突然同じ方向へ走り出す。
「まって……おいていかないで……!」
止める暇なんて無かった。
「え、ちょ、私が呼んでくるの?」
うっかり二人を見送ってから、一瞬追うべきかと逡巡する。けれどやはりここは、雪男を呼んだ方がいいだろう。
「ああ、もう、仕方ないなぁ!」
一応合宿部屋の場所は聞いている。でもここは、さっさと電話をしてしまった方が早いだろう。
その部屋へと向かいながら、携帯で番号を探す。そしてすぐに通話ボタンを押した。
「早く早く」
呼び出し音が鳴る。するとほぼ同時に、階段の上の方から音楽が聞こえた。どうやら先ほどの音で、ただ事ではないと降りてきたらしい。
「葵先輩、」
「多分風呂、燐としえみって女の子が向かってる!」
私を見て、一瞬咎めるような表情をした雪男も、私の言葉に目を細める。それからあっという間に下りてきた彼は、私をすぐさま、階段から死角になる場所へと押し込んだ。
「上から他の人が来ます。落ち着いたら部屋へ。とにかく後で連絡します」
「え、」
「見つかって困ると言ったのは葵先輩です。大丈夫。僕や兄さんでどうにもならない悪魔は、ここには入ってこられない」
もう一度見つかるなと念を押されて、雪男は浴場へと向かっていく。雪男に遅れて人が走っていく気配を感じる。
私といえば、それを追うなんてこと、できるはずもなく。
「っ、」
困ると言ったのは確かに私で、そして、見つかって説明を求められたら面倒なのは事実なのだ。でもこうやって蚊帳の外に居るのは、嫌だと思う私が居る。
どうにもならないことなのに、どうにかしたい。
「友人に、なれるだけでよかったのに」
初めは友人として、時々でもいいから誰かの側にいられるだけでよかった。自分と言う存在が、誰かの側にいられるという事実が欲しかった。
突き詰めれば、この私の力を受けなければ燐でなくともよかったのだ。なのに今、そう考えていたことを後悔している。燐や雪男と共に、走れていればと思っている。
「……祓魔師、」
こんな風に自分の将来を決めようとする人間は少ないだろう。友人がいるから、それになりたいなんて。
そんな考えを振り払うように頭を振る。祓魔師になるには、相当の覚悟が必要になってくるだろう。簡単に、友人がいるからなんて理由でなっていいわけがない。
私は人がいないことを確かめて、ふらりと歩き出した。



fin...


だって一緒に居たいから。
20110603
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