「葵には持たせない方がいい」
「桐野ってあの桐野?」
「長男はいるから桐野家は問題ない。感じなくていいならそれが一番安全だ」
「ああいう家の子に関われば、こうなるのは分かりきったことでしょう」
「関わらないのが、あの子にとって――」
「不吉な家だ。あんなものばかり集めて、一体何をしようというのだろうな」


「なら、もってかえって!すきでこうなったんじゃないんだから!!」


久しぶりにはっきりと昔の夢を見た。燐たちと関わるようになってからはうなされて起きた覚えはないから、精神的に安定していたのかもしれない。
そもそも私は、預かり物をする予定がなかった。
そういったものは桐野で納めるのが普通だったし、個人で何かをしていたのは随分昔のことだったと聞いている。力の大きいものは一人で抱えるのが大変で、もし何かでその預かり主が死んだ場合面倒なことになるからだ。
だから私があの箱を個人で預かるのは、異例なのだと親戚は言う。一方家族は余り気にしていないようで、それを話題にすることもなかった。
それを預かる原因は私にあり、そして、今まで何の問題も起きなかったからだ。



足踏み



「強化合宿、ここでやるってよ」
「……え、」
燐がお弁当のおかずを作っているのを横で見ていると、唐突に言われた。手元に集中していた私は一度では理解出来なくて、間抜けにもう一度聞きなおす。
「なに?」
「だから、候補生認定試験が夏休み前にあるって雪男が言ってただろ。それに向けての強化合宿」
確か祓魔師の試験的なもののことだっただろうか。私には一切関係ないことだったから、うっかり忘れていた。でも合宿か。随分頑張るなぁ。
「大変だねぇ、燐」
この辺りは他人事なので思ったことを口に出せば、燐は勢い良くこちらを向く。
「葵先輩、この寮でやるんだぞ」
「ふーん、ここで……ここ……ここで!?」
まさかそんな冗談をと燐を見るが、ふざけてはなさそうだ。
この三人しかいない旧館は確かに合宿に使うのには便利だろう。古いが元々は寮だったのだ。泊まるのにはもってこいの場所である。
「私がいるのに!」
「いっそそのまま参加すりゃいいじゃん」
燐は楽しそうだ。だが忘れてもらっては困る。ここは旧館で、あくまで男子寮なのだ。
「塾生って正十字学園の生徒なんでしょう?うっかり、私がここに住んでるってばれたらどう説明するの?」
二人で黙り込む。説明しようがないからだ。この寮には奥村兄弟が住んでいて、私も居る。
理由はある。そしてそれは結構重要で、この状況でも充分な言い訳になるだろう。しかし、それには私の体質や燐の正体も話さなくてはならない。
どう考えても、その辺りは無理がある。
「説明しようがねーな」
「理事長が認めてますって言っても、恐ろしく特別待遇だからね……」
顔を見合わせていてもいい案が出てきてはくれない。
「葵先輩が男子制服着てみるとか」
「体型で絶対にばれる。なら燐が女子の制服着なさい。貸してあげるから」
「有り得ねえ」
お互いそれぞれの姿を想像したのか、私は笑って燐はげっそりした。さすがに自分のそんな姿、想像でも見たくないのだろう。
それから何となく、私たちは同じことを考えたのが分かった。この話の流れなら、こう考えるのは当然だ。――雪男に女子制服を着せてみたら。
「雪男に」
「弟くんに」
「……わはははは」
「ぷっ」
ここに本人がいなくて良かった。必ず絶対零度の視線をもらうことになっていたに違いない。
にっこり微笑みながら、
「なに話してるんですか?」
という風に。
「!!!」
「!?」
声が聞こえた私と燐は、勢い良く振り向いた。そこにはカウンターから覗き込んでいる雪男がいる。正直、考えていた内容が内容だけに心臓に悪い。
だが、弟くんは私たちの会話を聞いてはいないようだった。きょとんとした表情からそれだけは分かる。
「ああ、お弁当。葵先輩も一緒に?」
「お、おおおおおう」
「兄さん?」
燐の不自然な返事に雪男は何かを感じたようだ。私はすかさずフォローを入れる。
「あ、今燐から聞いたんだけど、強化合宿ここでやるってホント?」
これで雪男はこの質問に答えなければならなくなったし、何を話していたかも分かっただろう。弟くんは方向転換した話題に首を傾げていたが、気にしないことにしたようだ。
「ええ、ここで行いますよ。人がいないので、好都合ですから」
「いや、それ私のこと忘れてない!?」
完全に忘れ去られている気がする。あの理事長は何を考えているのだろうか。
「それについては充分考えられているみたいです。それに葵先輩も、いい機会ですからもう少し交友関係を広めてみれたらどうですか?」
にっこりと笑いながらそう言われた。あなたは私のお母さんか。
「そもそも悪魔のことがあるとはいえ、原因の呪は兄さんに祓ってもらっているじゃないですか。僕も今まで問題なかったんですから、大丈夫ですよ」
簡単に言ってくれる。自分のせいで人が不幸な目に遭うのは、ひどく恐ろしいことだ。
人が普通に怪我をしただけで、なんだか自分が責められている気分になる。お前がいるから。お前がいたからこんなことになったんだ。
不吉な。汚らわしい家だ。恐ろしい。消えてしまえ。
「……っ」
背筋が凍る。万が一この学校で問題を起こせば、私はもう、ここには通えない。このおかしな影響力を、誰にも知られたくないのに。
「まあ、交友関係とかは置いといてさ、俺は会ってほしいね。俺の友だちに」
燐の手が、私の背中を軽く押した。言われたことに驚いてそちらを見れば、彼はやっぱり笑っていた。
「結構面白いやつばっかだぜ。しえみとか、仲良くなれんじゃねーの?」
「しえみ?」
「大丈夫だって。フォローするし、俺の船に乗った気でいろよ!」
燐の言葉は純粋に嬉しい。それに確かに、雪男の言っていることも正しいのだ。私に踏み出す勇気がないだけで。
でも燐。ただの船じゃ駄目だよ。大船に乗ったつもりって言わなきゃ。
「ふっ」
堪えきれなくて笑ってしまった。きょとんとする燐に、雪男は呆れたように言った。
「兄さんの船は、大船っていうより泥舟っぽいけど」
「どーいう意味だ雪男!!」
騒ぐ双子を見ながら思う。こうやって背中を押してくれているのだ。踏み出してみるのもいいかもしれない。



fin...


強化合宿前の話。
20110531
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -