「おーい、大丈夫?」
上から降ってきた声にノロノロと顔を上げれば、そこには大柄な青年。それとちっちゃな猿。
それを見ながら小さく首を横に振れば、彼は当たり前か!と言いながら笑った。
「俺、行き倒れることはあっても拾う側には滅多にならないから、貴重だなぁ」
「ホントありがとうございます、前田さん」
「しかも女の子。あ、慶次でいいよ」
竹筒の水を飲ませてもらって、持っていたらしいオニギリも頂いた。普段だったら遠慮するが、ちょっと今の状況じゃ無理がある。本当に喉が乾いてお腹が空いて、行き倒れていたのだ。
ESPを使おうにも、体が動かない上に脳すら稼働しなければどうにもならない。
これ、松永さんに知られたら鼻で笑われる気がする。ついでに外出先も決められて、護衛とか付けられそうだ。……このことは、絶対に言わないことにしよう。
一生懸命オニギリを食べていると、膝にあの小さい猿、夢吉が上ってきた。視線の先からして、どうやらオニギリを分けて欲しいらしい。
そうだね、確かにコレ、元々は慶次さんたちのだしね。
「はい、夢吉、あーん」
手の中のオニギリから、食べやすそうな大きさに分けてあげる。それをそんなセリフと共に口に入れてやれば、慌てたのは慶次さんだ。
「あ、こら、夢吉!お前宿出る前にたらふく食ってただろっ」
「キッ!」
注意されたらしい夢吉は小さい可愛い声を上げた後、私の首辺りに隠れてしまった。くすぐったいが、我慢我慢。
慶次さんはそんな私と夢吉を見て微笑んで、それから口を開いた。
「しかし水都ちゃん、あんな所で行き倒れてたら危ないよ。世の中俺みたいな奴ばっかじゃないんだからさ」
「あ、はい、それは十分保護者からも言われてたんですけど」
保護者とは松永さんのことである。
「ある程度行ったところで、地図とかお金とか入った荷物を盗られまして」
あはは、そう笑えば、慶次さんはがくっと頭を落とした。
「慌てて追い掛けたら、今度はその仲間に囲まれて」
今度は勢い良く上げられる頭。その慶次さんの表情は、ひどく心配しているようなものだ。
普通、あんな状況になったら様々な意味で終わっていただろう。でも心配することなかれ。私は普通ではない。
「荷物奪い返して、一人に仕置きして逃げました。全速力で」
全速力というよりは、テレポートしたのだけど。そして変なところへ出て、さ迷って行き倒れたわけだ。アホか自分。
「……あんた、凄く危なげだなぁ」
慶次さんは私が逃げたと聞いてほっとしたようだ。でも表情は余り変わらないまま。
「良く言われます。何するか分からないからじっとしてろって」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。ちょっと警戒心が足りなさそうな感じがするんだよね」
「……仕様です」
まあ、私は平和惚けした現代人だ。仕方ないだろう。
「で、水都ちゃんはどこ行くつもりだったんだい?」
突然変わった話題に、瞬きした。慶次さんは少し楽しそうに笑っている。
「え、あ、最初は甲斐に行こうかと思ってて」
「最初?」
「はい、次は奥州とか越後でもいいです。尾張以外なら」
「随分大雑把な目的地だなぁ。その様子じゃ、なんか用がある訳じゃないんだね」
首辺りに隠れていた夢吉が、私の髪で遊び出す。強く引っ張られることはないから、よく躾られているんだろう。
「これといった用は……。どちらかというと、帰り道を探す旅!みたいな。だからどこでもいいんです」
夢吉を指でかまってあげる。
「なら、俺も一緒に行くよ」
慶次さんは今度は笑顔全開で口を開いた。まぶしい。
これ松永さんで色気に耐性ついてなかったら、大惨事が起きてた気がする。惚れてまうやろー的な意味で。
……ん?今なんて言った?
「え、」
「なんか水都ちゃんほっとけないし、俺も甲斐の方行くつもりだったし、ちょうどいいじゃん」
「や、あの、」
「甲斐には面白い奴がいるから、楽しみにしときなよ」
「あれー?」
まえだけいじ が なかま に なった。
20100921