私は心の中で小さくため息をつく。人は苦手ではなかったけれど、何というか、これではこうなるのも仕方ないだろう。
この場にいる(私を含めた)三人の内、二人が知らない人。しかもその二人は友だちらしく、親しげに言葉を交わしている。居たたまれないというか、場違いというか。
そもそも、何故私はこんなところにいるのか。
「それにしても、随分と広い建物でござる」
「確かに、俺様、こんな広い建物近くに見たことないよ」
……帰りたいなぁ。
勿論、イケメンと呼ばれる類の美形男子は大好きだ。でも直接関わりたいと思うかは別。
だがしかし、ここで黙りこくっていては始終無言に徹さなければならなくなるかもしれない。最悪の場合、この広い建物の中に一人残されてしまうかもしれない。
それは避けなければ。
「ほんと、出口ないですよね。人も見当たらないし」
会話に参加してみようと、当たり障りない、思ったことを口にした。
すると二人とも難しい顔をして、ゆっくり頷く。
「方向も何もわからないから、ちょっと怖いよね」
オレンジ色の髪をした飄々とした青年が、軽く肩を竦める。
怖いよね。そう言いながら、目は全く怖がっているようではなかった。
「目印のない中でこうやって歩くのは、精神的に来るものがあろう」
赤茶の髪の、少し幼さの残る青年は、やっぱり難しい表情で辺りを見渡した。
白い壁。白い階段。白いホール。物置のような場所もある。
唯一の救いは、同じような景色が永遠と繋がっていないことだろうか。どこかのお店の地下にも見えるし、どこぞの美術館にも見えなくもない。
本当に、ここはどこだ。
「……」
「……」
「……さて、」
三人して沈黙すると思えば、オレンジ色の髪の青年が私を見た。
「?」
「とりあえず、自己紹介しようよ。人が見当たらないし、アンタだって、一人でここを散策するつもりはないだろ?」
言われたことに、こくこくと頷く。一人にはなりたくない。
「んじゃ、俺様から。猿飛佐助、よろしく」
「私は水都、です」
「水都ちゃんね……で、旦那?」
旦那。そう呼ばれた青年は何故かひどく緊張した面もちで、私たちのやりとりを見つめていた。
「お、俺は、真田幸村でござる」
……この人、歴史か何か大好きなのだろうか。
思わずそんな質問が口から出掛かるが、根性で飲み込む。
これから少なからず関わる人に、そういうことは聞くものじゃない。うっかり機嫌を損ねられたら、困るのは私だ。
「猿飛さんと、真田さんですね。えーと、とりあえず、出口までよろしくお願いします?」
二人の名を確認して、軽く頭を下げてみる。なんだかこの場面に相応しくない挨拶のような気もするが、これ以外思い浮かばなかったのだから仕方がない。
「佐助でいーよ。俺様は水都ちゃんって呼ぶし」
にこにこしながら、佐助さんが言う。
私も正直、四文字より三文字の方が呼びやすい。多分。
だが私が口を開く前に、緊張していた真田さんが眉をつり上げた。
「馴れ馴れしいぞ、佐助ぇ!」
「えぇー、そりゃないよ」
怒ったように言う真田さんに、佐助さんはこちらにアイコンタクトを飛ばした。
(気にしないで、いつものことだから)
分かってしまうのが、なんかアレだ。私には読心術なんて備わっていないから、佐助さんが悟られの素質でも持っているのだろう。
「さ、真田さん」
「ぬ、」
「私は、その、名前で呼んでいただけた方がいいです」
真田さんから見えないところで、佐助さんが親指を立てた。どうやらこれが正しい対処方法らしい。
その合図通り真田さんはいったん固まり、では、と口を開く。
「で、では、水都さん、俺のことは幸村と呼んでくだされ」
……やっぱり歴史が好きなのだろうか。



一通り自己紹介を終えたところで、三人は辺りを見渡した。
やはり気になるのは、ここが何処なのかということだ。
広い、白い。そして何かが不自然。まあ、ここまで白ければ普通でも違和感を持つかもしれないが。
「迷子っていったら、その場を動かないのが得策ですけど……」
二人の様子を見ながら、言ってみる。すると佐助さんは苦笑しながら視線をこちらへ戻した。
「ま、探してくれる人と入れ違いにならないようにってことだからねぇ」
やはり改めて考えると、どうすればよいか分からないらしい。
じっとしているか。この建物を探索するか。どちらが得策なのだろう。
「このような所でじっとしていても仕方あるまい。出口を探した方が早いであろう」
どうやら、迷っていたのは私だのようだった。真田さんはさも当たり前のようにそう言うし、佐助さんも異論はないようだ。
「ま、体力馬鹿の旦那はそうすると思ってたけど」
佐助さんは軽く肩を竦めて、私を覗き込んでくる。
「水都ちゃんは歩くの大丈夫?」
腰を軽く曲げて、下から心配そうに上目遣い。美形がこれをやると、私には一撃必殺だ。うっかりときめいてしまいそうになって、慌てて頷く。
歩くのは、結構耐えられる。よし、と気合いを入れて、拳を握った。
すると佐助さんはふと笑って、頑張ろうねぇなんて頭を撫でてくる。なんというか、こう、子供とか妹っぽく見られているみたいだ。
いや、役得だけど。
この歳になって撫でられるなんて貴重だから、大人しく受けることにした。
「ならば、辛くなったらすぐに言うとよい。無理はするな」
出口を探すと提案した真田さんは、やはり私の体力面については考慮していなかったらしい。


20091130(未完)
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