松永久秀は最初と違い、随分機嫌が良いようだった。
抜いていた刀をようやく鞘に収めて、私の側に跪く。正直、とても恐ろしい。
恐ろしくて集中が出来ずに、何度も「とぶ」ことに失敗している。唯一助かったのは、私以外がこのことを知らないことか。逃げようとしているなんて分かったら、今度こそ容赦なく斬られそうな気がする。
「武人でもなさそうだ」
松永久秀の手が、押さえられたままの私の手のひらに触れる。いや、触れるというより撫でられたという方が正しい。
「!」
その触り方が妙にぞわぞわして、思わず身を捩る。勿論、ほとんど動かなかったが。
「余り無理に動くと筋を痛める。気をつけたまえ」
そう言いながらくつくつ笑う松永久秀は、やはり何か楽しんでいるようだ。
「なら、是非放して欲しいです」
「それは無理な願いだな。卿は捕まえておきたい蝶を、部屋の中に放しておくかね」
彼の言うことを、頭の中で繰り返す。捕まえておきたい蝶とは、一体なんのことだ。
──私だ!
目を閉じて頭の中を真っ白にする。誰の言葉も耳にせず、考えることはただ一つ。この背後の人から抜け出すことだけ。
「!」
「なっ」
次に私が目を開けたのは、変わらぬ部屋の襖の側だった。
しっかり捕まえていたのだろう。まさか抜け出されるとは考えもしなかったらしい。私の背後にいた人は、ただ唖然とこちらを見ている。
だが、松永久秀の反応は妙なものだった。声こそあげたものの、どうやら原因か何かを探っているようだ。
トリックなんか、何もないのに。あるとすればそれは、私の能力のひとことに尽きてしまう。
まあその能力とやらも、私自身把握仕切れていないのだが。
「卿の名前は?私の名は教えだのだ。それくらい良かろう」
無造作に横に払われた腕は、もう一人の行動を止めるためのもののようだ。攻撃の合図じゃなくて良かった、ほんとに。
そのことに安心して、口を開く。
「……水都」
「そうか、では水都」
松永久秀が、顔をしかめる。
「今の奇っ怪な技は、その顔色と関係あるのかな?」
「なに、を、!?」
まるで石でも入れられたみたいに、突然頭の後ろの辺りが重くなる。膝が笑って、身体が言うことをきかない。視界が歪んで、世界が揺れる。
倒れる。そう思った瞬間、意識がブラックアウトした。
私を引き寄せたのは、誰か。
20100920