「卿が言うことを信用するならば、私は大変興味深いものを目の前にしているわけだ」
松永久秀と名乗った男は、相変わらず抜き身の刀を手放さずにいる。
私はやはり信用されていないようだ。こっそりため息をつくしかなかった。
確かに、突然現れた人間に敵じゃない!とか言われて信用していたら命がいくつあっても足りない。……この反応も仕方ないか。
けれどこちらも斬られてはたまらないので、意識の一部は別のところへやることにする。
そう遠くへは「とべない」ので、この部屋の隅の方へ。そのまま壁を越えてしまえばこちらのものだ。下手をすれば命が危ういが、人間の火事場の馬鹿力は信用できる。必死になれば何でもできる!多分!
「さて、私は理解力はある方だと思っていたのだが、そうでもないらしい。復唱してもらっても良いかな?」
「復唱……」
「そうだ。手数を掛けるね」
松永久秀の目が、こちらの一挙一動を見ている。おかしな動きをすれば、あの刀はあっと言う間に私を貫くのだろう。
「えっと、未来から来たっぽいです辺りからですか」
「……一番聞きたかったのはそこなのだが」
「あ、そうですか」
軽く言葉を交わしつつも、神経を集中させる。
武人の初動は恐ろしく早いに違いない。私が彼が動いたと認識した頃には、絶命している可能性がある。
ならこちらは、この空間自体に神経を直接張ってしまえばいいのだ。そう長くは続けられないが。
「しかし、卿も中々……人の居る場所なら、他にもあっただろうに」
「いや、だから、失敗したんですってば」
そう、私は場所の移動に失敗している。もっと安全なところに行ければ良かったのに。
「さて、」
松永久秀はふと口元を緩めて、微笑んだ。
その瞬間、部屋に張らせていた神経が、私の身体に信号を送る。
逃げろ、と。
「っ!」
「これはこれは」
自分の身体が溶けて、再構成される感覚。これはやはり、一生慣れそうにない。
松永久秀は振り下ろした刀の先を見、そして私へ視線を移す。彼には私が、空間へ溶けたように見えたはずだ。そして別の場所へ現れた。
「忍ではないだろうに、随分と奇っ怪な技を使う」
「そちらは随分と物騒ですね」
「忍でないとすれば何だ、興味が尽きないな」
「私はあなたに興味ないですけど」
そこで会話は途切れて、松永久秀は少し考える素振りをする。
「ふむ、そうか。卿が忍だという線は無くなったな」
その瞬間、背中に痛みが走った。ダンッという良い音と共に、私の身体が畳へ叩きつけられる。
どうやら私は、後ろから襲撃されたようだ。
「いたい!」
腕を捻り上げられて悲鳴を上げれば、視界に誰かの足が映る。これは、彼だ。
「さて、お嬢さん。一体何者か、教えてはくれないかね」
さっきよりもほんの少し楽しそうな声が、頭上から降ってくる。
私は、ここから無事に逃げられるだろうか。
20100919