現代から、少し変わった戦国時代。
有り得ないことが、起こっている。
優しい時間
「あ、水都ちゃん」
「成実さん」
ばったり出くわした私たち二人は、互いのその様子に苦笑する。
特に何も言葉を交わさなくとも、手に持った紙の束などを見れば目的は明らかだ。
「政宗さん、また執務を抜け出したんですね」
「うん、若ってじっとしているより、身体を動かしていた方がいいみたいで。まあ、それは俺も分かるんだけど」
心底気の毒そうな言い方に、私はくすりと笑いをこぼした。
また、彼、成実の癖が出ている。
「成実さん。また言ってます、"若"って」
口元を緩ませながら指摘すれば、成実は軽く眉間にシワを寄せた。
どうやら無意識だったらしい。
「また小十郎さんに言われちゃいますよ」
「あはは、確かに。でもほんと、治んないんだよね。コレばっかりは」
長い間"若"だったから。殿ね、殿。
成実の口調に真剣さは感じられなかった。
少し前から思っていたのだが、彼はそうやって間違えることを、余り気にしてしないのかもしれない。
政宗は成実がどちらの呼び方をしても応えるし(勿論、正式な場では間違えたりしない)、小十郎もその度に小言を言う割には諦めている節が見える。
綱元は何も言わない上に表情も変わらないため、何を考えているかは分からない。
だがリアクションを起こさないということは、彼にとって重要な事柄ではないのだろう。
「……でも、そうだなぁ」
成実がぽつりとつぶやいた。
「水都ちゃんが"あの場所"に通わないって言ってくれたら、俺、もっと気にしようかな」
にっこりと成実は笑う。
私は驚いて、その顔を見た。
パチパチと眼を瞬かせて、何と返すべきか迷う。
彼の言う"あの場所"とは、私が"こちら"に初めて降りた場所のことだろう。
通うなんて表現が使われるなんて、そこぐらいしか思いつかない。
よっぽどのことがない限り、私は足を運んでいる。
それはもう、半分習慣のようなものだった。
帰れるなどとは思っていなくても、向かってしまう。
自分がこの時代の人間ではないことを、確認するために。
「……えっと、」
「勿論、それが悪いことってわけじゃないよ?」
困ったように成実は言った。
「元のところに帰りたいのは良く分かるし、協力もする」
でもね、と彼は続ける。
「やっぱり、俺の心情としては、あんまり帰って欲しくないかなぁ」
こんなに親しくなれたのに。
成実の表情が、ひどく優しげなものになる。
その表情に、心臓が一つ大きく鳴った。
「……っく」
政宗のような常時俺様男前も心臓に悪いが、成実の時折向けられる優しい眼差しも、それこそ体中に毒だ。
彼はもしや、この効力を知った上で使っているのではないだろうか。
「"あの場所"に行ってる時、いつ戻るんじゃないかと、ちょっとヒヤヒヤしてるんだ」
来た時も突然だったから、帰る時も同じかもしれないと言ったのは、紛れもなく私。
そうか、そういう心配もあるのか。
……でも。
「行かないって、約束は出来そうにないです」
「……そっか。でも、ま、俺がそう思ってるっていうのは覚えててよ」
毎日は行かなくなるかもしれない。
けれど、行かなくなることはないだろう。
「っていうか成実さん、私がこうやって答えるの予想してたでしょう」
「んー、でも本心だし」
二人して目を合わせて、どちらともなく笑い始めた。
ああ、こういう時間は好きだ。
ゆったりとした、私の良く知る世界とほとんど変わらないもの。
「あ、政宗さん、あんなところにいる」
「若ー、何やってんの?」
できるならこの時間が、長く続きますように。
fin...
まったり奥州。
でも、こうなるまでが波乱。
20090716