顔を見せておきたいものがいる。
松永さんはそう言って、私をある部屋へ通した。中には物は置いておらず、昼間でも薄暗い。普段は使われていそうにないところだが、板敷の床はきれいに磨かれている。
ちなみに私をここへ連れてきた本人は、その会わせたい人を呼ぶとかでさっさと出て行ってしまった。つまり、私は暇だ。
仕方がないので、最近覚えた暇つぶしを実行する。タイムイズマネー、時間は大切に。
懐から明かりに使うロウソクを取り出す。この類のものは貴重らしいのだが、あの油自体を持ち歩く訳にはいかない。それに無駄にするということではないのだ。
「まあ、万が一点いたらすぐに消すから!」
誰かに言い聞かせるようにつぶやいて、ロウソクの下の方を持った。床に正座して、神経を集中させる。
以前の世界ではできなかったことが、ここでは出来るかもしれない。そう結論が出てから、様々なことに挑戦するようにしていた。
そして最近やろうとしているのは、火を点けることだ。その場にある炎は多少動かすことが出来た。多分、念とかそういうものだろう。
なら次は、着火である。しかしこれが、なかなかうまくいかない。
「うーん、火、自体をつけようとするから悪いのか……でも他の考えて方なんて」
小さくつぶやきながらロウソクをじっと見つめる。
火、火、火、火。
何かあるだろうか。
「何を唸っているのだ、水都」
「!?」
突然、松永さんが現れた。声をかけられたことに驚いて、持っていたものを取り落としてしまう。
松永さんはそれを目で追って、やっぱり楽しそうに笑った。
「また新たな挑戦か」
「えぇ、まあ、火をつけてみようかと思いまして」
「それはいい。前回の物を触らずに動かすのは傑作だった。特に他の者の反応が、ね」
最近松永さんの機嫌がすこぶる良い。世話をやいてくれる女中さんがそう言っていた。私は良く分からないが、長く勤めているらしい彼女が言うならそうなのだろう。
「で、松永さん。紹介したい人って……?」
ちらりと松永さんの後ろを見る。人影はない。
「ああ、そうだ。だが、君の邪魔はしたくないな」
「これが暇つぶしなんで問題ないです」
そう言っても松永さんは少し悩むようにして、けれど私がロウソクを拾って懐へとしまえば諦めたように笑った。
前々から思っていたのだが、この人は無駄に色気を振り撒いている気がする。私が勘違いし易い人間だったらどうするのだろう。惚れるぞ。
「風魔」
松永さんはひとこと、そう言った。
「!?」
その瞬間だった。鋭い風が吹いたかと思えば、目の前に人影。まるで、風が姿を象ったかのようだ。
そろりと視線を上げて、突然現れたその人を観察する。
締まった体躯に紅い髪。顔の半分は鉄の兜のような物で覆われていたが、これはアレだ。絶対にイケメンの類だ。顎のラインは綺麗だし、唇だって美しい。
「さ、」
さわりたい……、などと、うっかり口に出すところだった。ただの変態ではないか。危ない危ない。
「水都は忍を見るのは初めてではないだろう?」
「……忍、忍者ですか!?」
頭の中でキリ丸が銭を拾って、ナルトが影分身している。私の忍のイメージはそんな程度です。
「今までも接触はしていたと思うのだが……まあ、いい。とりあえず認識だけしておきたまえ。互いに、ね」
松永さんは私と風魔を見て、それから思いついたように続ける。
「水都、触れてみるかい?」
「はい!?」
「…………」
その言葉に目をむく。まさかこの人、私の心を読んだのだろうか。
だが、その心配は杞憂に終わる。
「忍がどういうものか、この際知ってみるといい」
松永さんはちらりと風魔を見て、それから私の手を取った。
20101014