「きゃーいーやーだー!無理無理無理無理!」
「これくらい平気だって!」
「これ位と言うレベルの話ではありません!明らかに私の基準をオーバーしています!」
慶次さんの首にしがみついて喚く私は、それはもう迷惑この上ないと思う。けれどそれは仕方ないことだ。
私は今、馬に乗せられている。慶次さんの馬に、だ。
彼曰く、甲斐は遠いから馬で行った方がいいらしい。私もそれに賛同した。楽なのは良いことだ。だが、私は忘れていた。
あの高さを。
馬って案外大きいのだ。そして背に乗れば、当然のごとくある程度の高さになるわけで。
「たーかーいー!」
「ホントに高いの苦手なんだなぁ、水都ちゃん」
慶次さんは苦笑しながら私の頭を撫でて、少し考え込む。悪いとは思うが、これだけはどうにもならない。私の屍を越えて行ってくれ。
「うーん、なら、これならどうだい?」
「!!」
慶次さんが私を首から引き離して、自分の胸へ押し付ける。目の前には胸板。それとお守り。
「これで下は見えにくいだろ。高さを感じないように、景色だけ見てりゃ、少しは違うよ」
にこにこ笑う表情を、下から見つめる。信用しろ、ということだろうか。
まあ、落とされても無事である自信はあるといえばある。とっさに使うESPは、松永さんに随分鍛えられた。
「……はい」
「大丈夫、しっかり支えておくから」
「あ、支えなくていいんで、手綱しっかり握ってください」
「……」
「私がしがみつきますから」
実は、私がここまで怖がるのはこの馬の気性のせいでもある。動物と話せるわけではないが、多少の意思の疎通は可能だ。
この馬は、非常にパワフルなのである。分かりやすく言葉にすれば、「オラオラオラオラー!ついて来れない奴は振り落とすぜヒャッハー!!」みたいな。何という暴れ馬。
私なんかは絶対に振り落とされるタイプだ。
「……女の子に抱きつかれてるのに、なーんか嬉しくないなぁ」
慶次さんはぽつりとつぶやいて、手綱を握り直した。
そう感じるのは多分、私が本気で恐怖を感じているからだと思います。
20100927