「あっ、そっか、今日はスガ、誕生日か!」
澤村のその言葉に、私は気分的に三度見くらいはしたと思う。
こんなタイミングで知ることになる菅原くんの誕生日。この人が好きって自覚してからそんなに時間が経ってないせいか、こういう個人の情報は未だ少ない。だってあんまりガツガツ調べてたら(主に友人たちに)バレるし、ストーカーみたいでやだ。
ああでもまさか、当日に知ることになるなんて思っても見なかった。絶賛片思い中な為にプレゼントの用意なんて出来やしないけど、その日を祭り上げるくらいは……ないな。自分キモチワルイ。だったら匿名で下駄箱に贈り物を……もっとキモチワルイ。
頭の中でぐるぐるそんなことを考えていると、澤村の話を聞いていた他のクラスメイトたちがちょっと騒ぐ。
「お、そうなの?おめでとー」
「じゃあスガにはこれやるよ。俺のキ、モ、チ」
「ってただの真っ白な課題のプリントだな。自分でやりなさい」
うわあああ。私も混ざりたい。どさくさにまぎれて「お誕生日おめでとう」とか言いたい。無理だけど!あの男子だけの中に入ってくのは無理!!心の中で一通り地団駄を踏みならし、けれど表情には一切出すことなく聞き耳を立て続けた。
ちょこちょこ聞こえてくる会話に、菅原くんの好きな食べ物とか欲しいものが含まれる。忘れないように必死に頭の中へ書きとどめてみた。
さて、それが今朝の話である。
「……あれ?」
放課後のことだ。自動販売機でお茶を買ったはずなのに、出てきたのは何故かアクエリアスだった。
前の人が(可能性は低いが)忘れて行ったのかと他を確かめてみるが、あるのはやっぱりアクエリだけだ。
「???」
これはやっぱり押し間違い。いや、お茶とこれは隣り合ってないし、どういうこと?
手に持ったそれと自動販売機を交互に見ていると、後ろから小さく吹き出す声がした。
「!?え、菅原くん!」
「わ、悪い……高野があんまり不思議そうな顔してっから」
ほんのり頬が熱くなるのが分かる。み、見られてた。しかも菅原くんに。
「んで、どうした?」
「あ、うん。実はお茶を押したはずなのに、これが出てきちゃって」
間違って出てきたペットボトルを掲げると、菅原くんは納得したような表情を見せる。
「ああ、それ多分混じったんじゃね?俺もあったよ。オレンジじゃなくて野菜ジュースが出てきた。しかも連続二回」
紙パックだから混じっても分かんないからな。そう真剣に言う彼に、今度はこちらが笑う番だ。
「そん時は大地に、自動販売機に体調管理されてんのかって聞かれたわ」
「菅原くん、体調管理されてるの?」
「んなわけねーべ。それっきり」
菅原くんが自動販売機にお金を入れる。そうして何故か、こっちを見た。
「高野が欲しかったのってこれだよな」
私がいつも飲んでいるお茶を、躊躇いもなく押した。ピッという音と共に、ガチャンと出てきたペットボトル。
「ほい、交換」
「えっ」
私の手の中にあったアクエリアスが、いとも簡単にお茶へとチェンジする。
「え、でも、」
「いーの。というか、俺の目当てがこっちだったから」
にっと笑う菅原くんに、言葉の通り胸がいっぱいになった。大好きな人にこんな風にされて、どうしていいか分からない。
「あ、りがと」
「いいって」
そこでひとつ、頭を過ぎるのは朝のこと。
周りには誰もいない。菅原くんもすぐに立ち去る気配がない。これはもしや、さり気なく「おめでとう」を伝えるチャンスなんじゃないだろうか。
ドキドキする心臓を、小さな深呼吸で落ち着ける。大丈夫。違和感がないように、普通に。普通に。
「そーいえば、菅原くんって今日誕生日なんだって?」
「あ、うん。……あー朝の、聞いてた?」
「うん。廊下でちょっとした騒ぎだったし」
チラリと菅原くんの様子を伺うと、彼は照れたようだ。か、可愛い。
「で、その、おめでとう、ね」
そして菅原くん以上に照れたのが私だ。おめでとうを言うだけで。全然可愛くない。あーーー失敗した。これやり直しを要求します!!
「……、」
黙ったままの菅原くんが心配になる。まさか嫌だったのだろうか。もしくは聞こえてなかった?
「菅原くん?」
「あっ、や、言われると嬉しいもんだなって感動してた……」
ふいっとそらされた顔。私から見える耳が、ちょっと赤く見えた。じわりと胸の辺りが熱くなって、言えて良かったと心底思う。
「なんかプレゼントとかあげられたら良かったんだけど、今からは無理だし……あっそうだ。頼みごととかあったら任せてよ」
調子に乗ってそんなことを言ってみる。すると菅原くんは、勢いよくこちらを向いた。
視線が、合う。
「それ、ほんと?」
「へ?」
「お願い、聞いてくれんの?」
「う、うん」
その勢いに思わず頷いてしまったのはいいが、勿論、内容よる。だってもし「高野の友だちの○○さんが好きだから協力してくれ」とかだったら、死ねる。協力はするかもしれないけど、屍になる自信ある。
「じゃあ」
菅原くんが、一拍溜めた。
「高野のメールアドレス教えて。あと誕生日も」
「へ、」
比較的早口で告げられたお願いは、まさに斜め上をカーブしつつ飛んでいくものだった。言われたことが一度では理解しきれなくて、ぽかんと菅原くんを見つめてしまう。
「だめ?」
「だ、だ、だめじゃない……」
背が高い男の子なのに首を傾げて見せる姿は、そこらの女子より破壊力がある。私には勝てない。
「それと、高野の誕生日、俺に祝わせてね」
優しく細められた目は、大事なものを見るそれだ。頭の中に一つ大きくて重大な仮説が立ってしまって、心臓が大きな音を鳴らす。
まさか、これは。
fin...
両片想い見ていて焦れったいので、澤村は高野に聞かせるように菅原の誕生日を暴露している。
20140613