暑くなってくるとテレビや雑誌でも増えるホラー特集。外気温が高いから、気分だけでもヒンヤリしたいという試みなんだろうけど、苦手なこちらとしては止めて欲しい。
日が落ちて影が濃くなる学校。何かいそうな枝垂れ柳の下。人の歩く足音。ゆらりと白い影が、私を追ってくる。
「どうしたの?」
立ち止まって鞄を漁り始めた私に、少し先を歩いていた友人の一人が振り返った。
「何か忘れ物でもした?」
「明日提出のプリントを、教室に置いてきたっぽい」
「あー……」
思い当たったというような声を出す友人たち。これは取りに行くしかないだろう。
「ごめん。先に帰ってて」
「いいの?一緒に行こうか?」
「大丈夫大丈夫。また明日ね!」
さすがに自分の忘れ物の為に、わざわざ引きかえさせるわけにはいかない。それに何か奢らされそうだし。
友人たちに別れを告げて、玄関へと走る。日が長くなってきたとはいえ、夕方、影の多い校舎はどこか不気味だ。早く用事を済ませてしまおう。
──もし教室に見慣れない人がいたら、決して話しかけてはならない。
走っていたはずの足が、ふと緩む。
──相手の顔も確認してはならない。
その話は昼休みの時間に暇つぶしに行われた怪談だった。恐がりなので基本的に怖い話は聞かない。けれどその時は昼間だったし、側にいた男子たちにからかわれるのは嫌だったから、何でもない風に参加していたのだ。
玄関先で上履きを掴んだものの、ちょっと葛藤する。プリントは忘れたくない。でもこの暗くなりかけた中を、一人で進まなくてはならないのだろうか。
──それは追いかけては来ない代わりに、ずっと視線を向けてくる。
「高野?」
「ぎゃあ!!!」
突然掛けられた声に、情けない叫びが出てきてしまった。
照れ隠しも兼ねて勢い良く玄関奥を見ると、そこには菅原がびっくりしたように立っている。体操服を来ているから、多分、部活の途中だろう。
「お、脅かさないでよ!」
「いや、声掛けただけだから」
思わずかみつくが、あっさり返された。それが悔しくて、その勢いも使って上履きへ履き替える。
「なんか忘れもん?」
「そ、明日提出のプリント。菅原は部活?」
「そ、部活」
「へー」
どうやら教室へ行く予定はないらしい。こっそりと様子を伺ったのに、菅原と目が合ってしまった。
「……こわいの?」
「はっ!?はああ?こ、高校生になって怖いとかないし!」
「いや、あれだけ過剰反応されたらそう思うべ」
少し面白そうなのが気に食わない。しかしその姿に教室へ行く背中を押されるのも事実。
心の中でよし、と気合いを入れて、一歩踏み出した。その瞬間。
「あっ」
「!!!!!」
「そんな驚かなくても……」
菅原の声に挫かれた。ひどい。いじめだ。
悔しさと非難をいっぱい込めて振り返ると、彼は困ったように視線を泳がせた。
「なに」
「いや、俺も忘れたものあってさ。一緒に行っていい?」
「バカにしてる?」
「してないしてない」
これは渡りに船。クラスは同じなわけだし、一人で恐々向かう必要がなくなる。
「す、菅原が前歩いてくれるなら」
「うん。あ、でも、俺も怖いから手ぇ貸して」
普通に言われて頷きかけてしまった。
「……手?」
「だって後ろ振り返って高野がいなかったら」
「アーアーアー聞こえない!!」
騒ぐ私に菅原は微笑むだけだ。
多分これは気を使われている。彼はきっと恐がりでもないし、忘れ物だってしていないのだろう。でも私は意地っ張りだから、普通に付いてってあげると言われても、素直にうんとは頷けない。
「菅原はなに忘れたの、」
「……ちょっとね」
ほら、やっぱり。
私の横を通り過ぎて、こちらが出した条件どおりに前へ立ってくれる。何気なく差し出された手と、菅原の顔を何度か見比べた。
「ほら、早くしないと」
「う、わ、」
急かされて反射的に出すことになった手を掴まれる。自分より明らかに大きな手のひらは、少し堅くて、熱い。
菅原はすっかり硬直してしまった私を連れて、教室へと向かっていく。
薄暗い廊下。ほんのり窓から入る光。消えている電気。響く自分たちの足音。どれも怖いもののはずなのに、意識は全て手に向かっていってどうしようもない。
斜め後ろからチラチラ見える菅原の耳が少し赤くなっている気がするけど、私の顔は真っ赤になっていることだろう。
「……ありがとね」
ようやく出てきた小さなお礼の言葉に菅原は振り返ることなく、ただ握る手に力を込めた。
...fin
自分より小さな手に触れている。怖がりで、少し意地っ張りで、とても可愛い俺の好きな人。
お化けくらいからならいくらでも守ってみせるから、安心していて。
20140530