飛びついてきた。まさしくその言葉通りだったと思う。七松には虎という獣に対しての恐怖が全くないようで、よりにもよって正面からやってきた。
下手に避ければ傷つけてしまうかもしれない。でも避けずにはいられない。大きな身体ながら出来るだけ素早い動きで回避すれば、七松は酷く機嫌を損ねたようだった。
「避けるなよ!」
(無理だろ!!)
じりじりと距離を保ちながら二人の真ん中を中心に円を描く。視界に入った竹谷くんが慌てていたけれど、それを善法寺くんが笑いながら止めていた。笑い事じゃないんだけどな。
「八左ヱ門!」
今度は七松が出てきた別の方向から、不破くんが飛び出してきた。それに驚いている隙に七松にすかさず距離を詰められて、首の辺りをがっしりホールドされる。
「捕まえた!もしかしてこれ竹谷の頭巾か?まるで首輪だな。まさか飼われる覚悟が出来たのか?」
「七松先輩それやめてくださいい」
竹谷くんが喚いているが、七松は耳を貸すつもりがないようで、構わず撫で付けはじめる。振り切るのは難しそうだし、もうこのまま我慢するしかないんだろうか。
「小平太、やめてやれ」
しかしそれも唐突に終わった。七松は何か強い力に引っ張られたようで、撫でる手が離れていく。慌てて距離を取れば、そこには七松の首根っこを掴んでいる中在家さんがいた。
「うお、長次長次!こいつの首見ろ、首輪みたいのが巻かれてるぞ」
七松は大変楽しそうに中在家さんへ報告しているが、彼はそのまま開放はしなかった。なんてことだ。まさに彼は救世主だと思う。
「もそもそもそ」
中在家さんは七松に何かを言って聞かせているのだけど、声が小さくてこちらまで聞こえない。だが暴君の表情が不満げなものに変わっているのを見ると、諌められているのかもしれない。すごい。中在家さんすごい。思わず尊敬の念を込めて見つめる。これから七松襲撃の際には、中在家さんの背中に隠れればいいんじゃないだろうか。
「うーん、よし!じゃあ抱きついたりしないから触らせてくれ。私はここから動かないから、それならいいだろう?」
前回の遭遇のことを思い出したようだ。この時点でようやく中在家さんは七松を解放した。
まあじっとしていれば比較的怖くないし、静かに触れてくれるなら、こちらも少しは譲歩するくらいはしよう。
だが最初は中在家さんだ。
「あ、お前やっぱり長次が好きなんだな!」
七松が動かないと宣言したことをいいことに、私は中在家さんへと歩み寄る。彼は前回触っても問題なかったから、近づくのも平気なはずだ。
感謝の意もこめて側でお座り。すると中在家さんは少し目を見開いたあと、少し嬉しそうに首の辺りを撫でてくれた。
「え、長次、触っても大丈夫なの?」
善法寺くんの声がして、それに対して中在家さんが頷くのが分かった。
「問題ない。気性は穏やかだし、人を傷つけたりしないだろう」
離れては聞こえない声も、ここまで近ければ聞くことが出来る。そっと竹谷くんたちの方を伺ってみれば、彼らは呆気に取られていた。
恐らく竹谷くんはいつの間にかそこそこ仲良くなっていた私の様子に。不破くんは正体を知っているからどういう反応をすればよいのか分からずに。善法寺くんは虎って獰猛なんじゃなかった?という心の声が顔に出ている。忍者なのに心の声が出ちゃうのは不味いんじゃないかな。
「なあなあ、次は私だ!」
大変うきうきした様子の七松は怖いが、動かないのは守ってくれているようだし、仕方ない。恐る恐る寄っていく。そこで善法寺くんが吹き出した。
「ふっ、ちょ、虎に怖がられるなんて、小平太は一体何をしたのさ」
「思いっきり抱きついたんですよ。爪があるから気をつけてくださいって言ったのに!」
疑問に答えた竹谷くんに善法寺くんはまたもや笑った。恐らく七松のその行動にだと思う。虎の癖に小心者だねぷぷ、みたいな意味では決してないと思いたい。
努めて丁寧に背を撫でてくる暴君の手を受け入れながら、新たな人の気配を感じる。少し首を動かせば、七松は問題ないと笑った。
「多分土井先生と鉢屋だろう。私は置いてきてしまったからな」
頭上でがさがさと音がして、影が二つ分降ってきた。問題ないと言われたからか、驚くようなことはない。そしてそれは七松の言っていた通りだったらしく、中在家さんがその大きい方の影に近づくのが分かる。
私はどこに収まればいいのだろう。とりあえず事情の分からない人に攻撃されるという危機は去ったわけだから、もう竹谷くんの元に戻ってもいいだろうか。むしろ彼を助けるのを協力したという背景があるのだから、傍にいた方がいいだろう。その方が自然じゃないだろうか。
するりと七松から逃げ出し(彼は動かないと宣言した手前追っては来られないようだ)、善法寺くんと竹谷くんの周りを行ったり来たりする。

勿論この間に視線は感じていた。話す内容までは聞き取れないが、確かに私の、この虎のことを話題にしているというのは分かる。
何があったのか、これからどうするのか。けれどこの辺りは、鉢屋が何とでもすると宣言していた。疑われようが信じられなかろうが、こうやって白い虎を見てしまえば「虎に協力してもらった」という事実は認めざるを得なくなる。なにをどう捻っても、人間であるあやめと虎であるシロは結びつかないから安心しろとも。
ただ一つ心配なのは、土井先生がその辺りの常識をぶっちぎってきそうなことだ。年齢が逆行するはずがないのに、先生は「小さなあやめちゃん」と「大きなあやめ」を同じに扱う節があった。目が合ったら見透かされてしまいそうで、意図的に土井先生を視界に入れないことにする。
その話し合いに七松も参加し始めたようで、段々と会話も大きいものになっていく。ただ話の出来ない私には関係ないことだ。治療の終わるであろうタイミングを見計らって、竹谷くんの側にようやく収まる。善法寺くんは少し身体を反応させたが、先ほどのように距離を取るために飛び退いたりはしなかった。けれど距離は取られた。
それをいいことにそっと身体を寄せて地面へと伏せる。竹谷くんが優しく頭を撫でてくれた。
「本当にそれ、良く懐いてるね。引っかかれたり噛みつかれたりしないの?」
善法寺くんも土井先生たちの会話に加わる気はないようで、竹谷くんにそんなことを尋ねている。
「まあ、そうですね。おそらくこのシロの意思で傷つけたりっていうのはないと思います」
「へえ」
「ただ驚いたり身の危険を感じたりすれば、反射的に手は出るでしょうから、その辺りだけは気をつけて欲しいです」
「だから小平太が近づくのを嫌がるのか……」
私が七松から逃げていた理由に納得したらしい。そうしてやっぱり可愛らしく首を傾げた。
「でもそこまで賢いと、他の人に飼われていたっていう可能性はないの?」
忍者は疑って掛かるもの。やはりそこが気になったようだ。
「それはないと思います」
「どうして?それって言い切れるものなのかい?」
善法寺くんの口調が少し硬くなる。これは答え方を間違ったら不味いんじゃないだろうか。
私はそれを冷や冷やしながら聞いていたのだが、それはじりじり近寄る不破くんの存在によってうやむやになってしまった。
「?」
「どうした雷蔵」
「え、あ、いや、……八左ヱ門の怪我の様子が見たいんだけど、その、虎がちょっと」
竹谷くんと善法寺くんが顔を見合わせた。そうして次に私を見る。大丈夫です。言われなくとも分かっています。
身体を起こして軽く伸びをした。そうしてその場を離れることにする。この姿に慣れない人ばかりの場合は、少し離れた場所で待機していた方がいいのだろうか。まあ、こちらの事情を知らなければ、その方がはるかに安心できるだろう。
彼らの姿が出ない範囲まで離れて様子を見守る。どうせならこのまま家に帰ってしまいたい。むしろ本当に学園長に話してしまうのか。魔法使いが彼らマグルに害のないものだと、理解してもらえるだろうか。
理解してもらえなかったら、逃げるしかないのだけれど。


...end

雷蔵はあやめのことを話すか話さないかを悩む時間が勿体ないので、後で!と割り切っていた。でも助けに帰って来たら三郎が「信じられない協力者です!」の一点張りであやめのことを口にしないので、
(僕が見たのは実は幻術だったんだろうか?でもそれじゃあ助けてもらったっていうのは?うーん、八左ヱ門の怪我の具合が気になるから後で考えよう)
という大雑把な判断により何の相談もなしに口裏を合わせた状態になっている。そんな雷蔵の思考を予測する三郎マジ三郎
20130629
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