「あ、相変わらず不運ですね……」
私の背中の上からそう言う竹谷くんは、心底そう思っているようだった。この光景を見てしまえば当たり前だ。
上の木から落ちてきた善法寺くんは、地面の普通ではない溝に足を取られてしまっている。普通こんなに丁度良くは決まらないだろう。
あはは、と寂しげに笑う善法寺くんが踏ん張ってもなかなか抜けないらしい。高いところから落ちた為に余計に嵌り込んだんじゃないだろうか。
どちらにしたって近づかなければ助けることはできない。怖がるかもしれないが、仕方ないだろう。竹谷くんを今の時点で下ろすのは、彼の負っている怪我や私の身の危険度からも遠慮したいのだ。
「……えっと、竹谷はそれに乗ってるけど、その、食べられたりしない?」
恐る恐る尋ねられたことに、ほっとする。あまり取り乱されたら近づくことは出来ないだろう。けれどこの程度だったら問題ない。多分。
「食べたりしないです。手を貸してくださ」
善法寺くんに竹谷くんの手を取らせるつもりはなかった。怪我をしているのにそんなことさせたら、悪化させてしまうに決まっている。
「これは……どういう意味だと思う?」
「そうですね、頭に掴まれ、みたいな?」
「……あたま……」
差し出したのは頭だった。よくよく考えればこんな牙のある獣の頭に捕まれなんて普通言えないが、相手が善法寺くんのせいで、見知ったつもりになっていたのだと思う。
「シロ、せめて首辺りにしてやってくれませんか。頭はちょっと怖いと思うんで」
軽く首の辺りを叩かれて、それもそうだと方向転換する。善法寺くんは竹谷くんに何度か促されて、ようやく首の辺りの毛を掴んだ。
掴んだことを確認する前に、竹谷くんがひとことをくれる。
「後退してください」
少しの抵抗はあったが、善法寺くんの足はあっさり溝の中から救出されることとなった。
「……小平太が言っていたのは、本当の本当だったんだね」
はまり込んだ場所から出てきた善法寺くんは、さっと手を放して私から距離を取る。そうしてたっぷり考えて、そんなことを言った。
「僕はてっきり、見間違えたのかと思ってもっと別のものを想像していたんだけど……本当に虎?」
まさにこてん、という音が似合いそうな首を傾げる仕草に、頭を掻き毟りたくなる。どうしてそんなに可愛い動きが似合うんだろう。それは外見と年齢と性格という三つのステータスが、一定の値を超えていないと使用できない技だと思うのだが。
「本当に虎です。それより善法寺先輩だけですか?あの、三郎がそちらに……」
「あ、あ!そうだよ、追ってきた忍者はどうしたの!?」
竹谷くんの私の首元の毛を掴む力が、少しだけ強くなった。
「大丈夫です。この辺りにはいません。報告はまとめてします。誰が来たか聞いてもかまいませんか?」
「……うん、一応この森に入った時点で二組にばらけたんだ。僕と不破に土井先生、それと小平太と長次に。後発で、木下先生や他の五年生も向かう手筈になってる」
「土井先生がどうして」
「軽い実習帰りだったんだよ。すぐに出られる僕らが、この救出の任務に就くことになった。時間との勝負だからね」
ふと、安心したような表情になる。
「とにかく、無事でよかった。怪我の手当てをしようか」
善法寺くんは「先輩」らしい顔をしていた。本当に急いで助けに来たのだろう。
「あ、いや、降りたいのは山々なんですが、俺がこうしてないと、このシロが、間違って攻撃を受けそうで」
竹谷くんの手が頭の辺りを撫でる。
「でも手当ての方が大事だよ」
善法寺くんの言うことは尤もだ。私の魔法はそう効くものではない。出来るなら早めに正規の治療を受けて欲しかった。
その場でゆっくり伏せて見せれば、善法寺くんはほんの少し首を傾げる。
「……これは、僕がそっちに行って治療をしろってことかな」
「あーまあ確かにそれが一番いいのかもしれないけど、さすがにそれは無理でしょう。三郎たちと合流する方が先、」
少し身体を揺らせば、バランスを失った竹谷くんは私の背中にしがみ付くしかなかった。できればこの位で背から滑り落ちて欲しかったのだが、なかなか上手くいかないものだ。怪我の為に、立って振り落とすわけにはいかないから伏せたのだが。
「ちょ、ま、シ、シロ!」
「ぷっ」
善法寺くんが笑った。
「竹谷、その虎は随分頭がいいんだね」
そうして彼は自分の頭巾を示してみせる。
「自分の群青の頭巾を上手く首に巻いてやるといい。そうすれば、出会い頭に攻撃を受けるなんてことないだろう?首輪がついているってことは、飼い主がいるということなんだから」
首輪か。全然思いつかなかった。元々が人間であるせいか、そういうことは全く視野に入れていなかったのだ。人間相手に首輪なんてしたら、ただの危ない人である。
「……いいですか?」
竹谷くんの問いに、私はやはり喉を鳴らすことで答える。それを合図に竹谷くんの頭巾が、上手い具合に首に巻かれることになった。
白い毛並みに群青の布。随分目立つ。これならば見落とされることはないだろう。
竹谷くんを地面に下ろして、私は善法寺くんの為にその場を離れる。うろうろしていると気が散るだろうから、伏せていた方がいいだろう。
しかし鉢屋は、一体どこまで行ったのか。向かった先で誰かと会えていればいいのだが。そんなことを考えながら目を閉じる。こうすれば音の方に集中できるから、警戒するには便利かもしれない。
それにしても、不破くんが学園へ救助を要請した時点で私のことが話される心配はないのだろうか。鉢屋はばらさなければいいと提案していたけれど、彼が言わない自身はどの辺りから出てきているのか。
しばらくして、がさがさと遠くから音がしてきたことに気がつき私は伏せていた身体を起こした。その動きに竹谷くんと善法寺くんも辺りを警戒する。
草を掻き分ける音はどんどん大きくなって、それどころか人の話し声まで聞こえてきた。
この声は、まさか。
「あ、いたいた。鉢屋は見つけ……」
七松暴君である。言葉途中でこちらを見て動きが止まった。正直彼の考えていることが手に取るように分かる。分かってしまう。
「え、あれ、まさかお前」
現れた七松は私と竹谷くんたちを交互に見て、突然目をキラキラさせた。
「まさかお前が、信じられないような協力者、か?」
一体鉢屋は、私のことをどうやって伝えたのだろう。それによっては報復も考えなければならないと思います。


...end

緊張の一瞬
20130623
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