結論として、この状況を学園長に話すことに決定する。まだ竹谷くんは不安気だが、決めた私の行動は早かった。
とりあえず敵忍者たちに眠りの呪文と、念には念を入れて忘却の呪文を掛けた。本当に軽いものだから、ぼんやりする程度だと思う。鉢屋曰く、こちらが幻術(幻術なんて本当にあるんだと思ったのは秘密だ)か何かを見せたように思わせればいいと言うことなのでそれで済ませてしまう。そうしてぐるぐるにしてあった縄を外し、一所にまとめたりせずに、適当にばら撒いた。そこそこ遠くに飛ばされているはずだ。撒いたって言い方が微妙か。分けて設置?それもおかしいかな。
「しかし便利な力もあるもんだ」
それを眺めていた鉢屋がそうぼやく。私と竹谷くんは黙殺した。それに気づいた鉢屋は不満そうに竹谷くんを見るが、彼はそれもスルーした。
「じゃあマグル、人避け呪文を解除します。私はそれとほとんど同時に動物もどきになるので、後のことはお願いね」
心臓はドキドキ言っている。とりあえず一番初めの問題は、虎姿の私が攻撃を受けないこと。
「勿論です。あやめさんに害がないことは雷蔵も承知しているはずですし、何かあっても俺がなんとかしますから」
竹谷くんは傷だらけの身体に鞭打って、そんなことを言ってくれた。でも出来れば無理して欲しくないというのが本音である。
「極力動かないように大人しくしていれば、出会い頭に攻撃なんてことないでしょ」
そう自分に言い聞かせて気分を落ち着ける。大丈夫だ、大丈夫。
杖を振り上げて、呪文の終わりを告げる。雰囲気も何も変わったりしないが、私は間髪入れずに動物もどきになった。
視界に入る腕が、身体が、白い毛をまとった獣になった。ぐっと伸びをして見せれば、竹谷くんがそっと胴を撫でてくれる。その表情は少しほっとしたものだ。それに答えて軽く擦り寄る。そうして少し考えて、座り込んだままの竹谷くんの背凭れになるように上手く地面に身を伏せることにした。
「八左ヱ門、お前猛獣使いみたいになってるぞ」
そう言いながら近づいてくる鉢屋には、軽く尻尾を振り回してあしらってやった。
「おいこらあんた私への風当たりが随分強くないか?!」
聞こえませんと耳を伏せてやる。竹谷くんは助かったので、とりあえずさっき蹴られたことを根に持ってみた。
「……三郎、まさかお前、あやめさんになにかしたんじゃないだろうな?」
そこで勘が働くのが竹谷くんだ。
「はあ?別に八左ヱ門が怒るようなことやってない……多分」
(いーや、やりました!私引っ張られたし、蹴られました!!)
鉢屋の言葉は信用しきれないのか、竹谷くんは私を見た。ここぞとばかりに否定してやる。
「三郎にやられたのと同じことしていいですからね」
「この虎、八左ヱ門と私への差が激しすぎるだろう」
(当然です)
「あ、あやめさん、首の辺りが汚れてますよ」
「ハチも聞け」
まるでちょっとしたコントのようだ。
「とりあえず八左ヱ門は、うっかりその人の名前を呼んだりするなよ」
「おう、三郎もな……でも名前がないのは不自然だし、不便ですね」
「なら適当に決めておくか」
そういうことは、私が人間の段階で決めて欲しかった。
「そのまま虎子っていうのは……冗談だ冗談」
抗議の為に牙を剥いて見せれば、鉢屋は焦ったように両手を上げた。そうして少し考え込んでみせる。竹谷くんは私の名前をもじったものを候補に上げていくが、ここは全く関係ないほうがいいだろう。
「もういっそ、シロでもいいんじゃないか?」
「三郎、」
「良く考えろよ。お前の委員会でクロ助ってのがいるし、色から取った方が違和感ないだろう」
覚えやすいし、それでも別にかまわない。鉢屋のアイデアというところだけは気に入らないが、これならとっさに私の名前を出してしまうリスクも減るんじゃないだろうか。見たままだし。
「いいんですか?」
竹谷くんが覗き込んで聞いてくれる。それに喉を鳴らして答えれば、彼は小さくシロ、と繰り返した。



どこかで音がした気がして顔を上げた。風が木々を揺らして立てるものとは違う、人為的な音。
「私が見てくる。八左ヱ門たちは、ここから移動した方がいい」
恐らく忍者である彼らも気がついたのだろう。鉢屋が上の木に飛び移った。竹谷くんと私は何も言わずにそれを見送って、その場でどうするか考えることにした。
私はこの姿で下手に動いていたら攻撃されてもおかしくない。竹谷くんも癒しの呪文が多少効いているとはいえ、動くのは出来るだけ止めた方がいいだろう。二つを合わせた結論は。
「え、背中に乗るんですか?」
一生懸命伝えたアイデアに、竹谷くんはぎょっとしたようだった。私の人間の姿を想像した上では大変怪しいことになるかもしれないが、でも今は虎なのだ。別に背中に人を乗せていてもおかしくはない。それに、既に鉢屋は乗っている。
「で、でも、それは……あーそういや、三郎は乗ってたんですよね」
私の身体を支えにして立ち上がった竹谷くんは、そっと背中をなでる。そうして何度かその手が往復した後に、よし、と気合いを入れた。
「じゃあ、失礼します」
伏せたままの虎に乗るのは特に問題ないようだった。後は私が歩く時に、如何に竹谷くんへの負担をなくすかだ。鉢屋のときのように跳んだり走ったりなんて以ての外。
背中に重みが掛かって、人が乗っているというのを実感する。さっきは緊急事態だったから、あまり気にしていなかったのだ。
「うお、たか」
馬までとは行かないが、視線は多少上がったのだろう。少し上ずった声が聞こえる。表情は分からないが、恐らく笑っていてくれることだろう。
「この辺り、掴んでも大丈夫ですか?」
首の辺りが少し引っ張られる感触がする。痛くはないので尻尾を振って了解の意を見せれば、彼は小さく声を上げて笑った。
「はは、俺、こんな大きな生き物に乗ったのは馬以外では初めてです」
そろりと歩き出しその場で回って進む方向を尋ねる仕草をする。
「向こうです。分かりますか?」
上手い具合に誘導されて、そちらへ向かう。跳ねたりしないよう、一歩一歩地面を踏みしめながら進んでいく。
暫くして、このまま無事に忍術学園に着いてしまえばいいのに、なんて考えた瞬間だった。足元に一本のクナイが刺さる。反射的にそこから飛びのいた。
背中の竹谷くんがすかさず行動を起こしたようだが、私には何をやっているかさっぱりわからない。
「っ、」
動いたことで傷めた箇所が痛んだのだろう。竹谷くんの身体に力が入るのが分かる。もう夜の明けかけでそこまで暗くはないが、攻撃がどこから飛んできたかは分からなかった。ここは逃げた方がいいのだろうか。思いっきり走って距離を作れば、どうにかできるはずだ。
ぐっと身体を低くする。走り出す為に足に力を入れたのだが。入れきる前に、上のほうで枝の折れる音がした。
「うわあああああ」
ぼとっというなんとも間の抜けた音と共に、深緑の忍者服をまとった男の子が落ちてきた。声といいこの登場の仕方といい、とっても誰かを彷彿とさせる。
「いったああ、枝が腐ってるなんてついてない……」
「善法寺先輩!?」
やはり私も散々お世話になった、保健委員の善法寺くんだった。


...end

青々としているしっかりとした枝を選んだはずなのに、バキッといっちゃうのが保健委員長
20130616
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