自信たっぷりに賭けがどうの言われても、話の見えない私は微妙な反応をするしかなかった。君は何を言っているの?と表情で語っていたのだろう。鉢屋は嫌な顔をして竹谷くんに言った。
「なんでこの人こんなに察しが悪いんだ?」
「三郎、正直俺もわからない」
「お前もか」
呆れたように私たちを交互に見た鉢屋は、大きくため息をついて説明を始める。だからどうしてこんなにけんか腰なんだろう。
「そのあやめサンの力が、他の人に知られたくないって言うのはこっちも理解できた。でもまあ秘密なんてものは、知られれば知られるほど漏れていくもんだ」
確かにその通りだと思う。
「今回このまま何もしなけりゃ、忍術学園のほとんどがその力を知ることになる。で、そうなる前にあんたはここから逃げるんだろう?」
「それは、まあ……」
「他の場所で、この秘密が守れると?」
淡々と紡がれていく言葉は、随分と胸に刺さった。私がこの世界で問題なく生きていく中で、魔法を使わずに済むという可能性はかなり低いと思う。
お金もない(今は多少あるが)。家もない。勿論家族だっていないし、ここを離れれば顔見知りだっていなくなる。頼れるのは自身の力のみだ。
「人と関わらずになんて限度があるし、それこそあんたを不審に思う輩だって出てくるだろう。まさかその度に、その場所から逃げ出すのか?」
「に、逃げ出すってそんな言い方……トラブルを回避するって言って欲しいね。それに純粋に戦う力だけなら、恐らく私に勝てる人はこの世界にいないもの」
「ずっと」
「?」
「ずっと警戒するつもりか。特に忍なんて、いつ襲撃に入るか分からない。あんたが寝ているときかもしれない、風呂に入っているときかもしれない。もしかしたら見知った店の人が、実は敵だったかもしれないなんて、」
「三郎、やめろ」
突然割り込んだ声に、鉢屋は小さく首を振った。
「本当のことだ。疑われて調べられて、害だと分かれば音もなく始末されるさ」
「三郎」
竹谷くんの声がぐっと低くなる。
「あやめさんには関係のないことだ」
「……私はむしろ、どうして今までこんな当然のことを話していなかったかが不思議だね。こんな時代なんだ。絶対に"ない"なんて誰が言い切れる。現に学園の先輩は、何人か探りを入れていたみたいだぞ。成果はほとんどなかったみたいだが」
探りなんて入れられた覚えがないんですけど。
「それともここまで深入りしているのに、その可能性を楽観視していたわけじゃないだろうな」
「……」
黙った竹谷くんの視線が地面へと滑る。何か言いかけようとして、そうしてやめてしまった。
でも私は、竹谷くんから調べられているかもしれないという話は聞いていたのだ。変装のことも少し教えてもらったし、忍者についても最低限のことは知っている。
詳しく教えなかったのは多分。
「こうなる前に、帰れると思ってたんだよ」
この話をするには、私が不思議な力を使うというもの以上のことを説明しなくてはならない。突然自分の世界から放り出されたであろうということ。原因が分からなくて未だ帰る気配がないということ。
「早くもとの世界に戻って、ここの世界のことは一つの体験になるはずだった。でも今はまだ帰れていない……私にとっても八左ヱ門くんにとっても、こんなに長くいるなんて予想外というか」
「なんだか言っていることが私たちの手には負えないような規模になってきた気がするんだが」
鉢屋はそう言うが、世界を渡るなんて魔法使いの私にも手に負えないことだ。
「まあどちらにしたって、学園長には話を通さなきゃならない。その力と関わったのはもう、八左ヱ門だけで済んじゃいないんだからな」
「でもさっきお前、出来るだけ人には聞かせないほうがいいって」
「そりゃな。けどまさか、このままこの人が遠くへ行ったとして、それで全てが丸く収まると?」
私と竹谷くんは顔を見合わせる。丸く収まるなんて思っていない。しかしそれしかないだろうに。
「見たとこ三年の伊賀崎も虎とあやめサンは同じなんだと認識しているんだろう。私と雷蔵だって見てる。八左ヱ門と伊賀崎は沈黙を守るとして……私と雷蔵にそれを守る理由がない」
鉢屋の細められた目に思わず口元が引きつった。
「どうしてこうなったかっていう報告は、必ずしなけりゃならない。それが任務の一環、忍だから当然だ」
同情も義理もない。あるのは仕える者への忠誠のみ。
「これを隠そうなんてしたらどこかで矛盾が生じるし、なにより信用をなくす。私たちは勿論、あやめサン、あんたもだ」
「……私は元々信用なんてされてない」
「本当に信用されてないなら、学園の下級生を関わらせたりするもんか」
竹谷くんは何も言わない。何かを考えるように目を閉じて、そうして悩んでいるようだった。それはこの鉢屋の言うことに、一理あるということだろうか。
「でももしこれをあんたの立会いの下報告できるなら、恐らく学園長は決して悪いようにはしないだろう。あの方のことだ。むしろ面白がるかもしれない」
確かに鉢屋は私を怖がらなかった。多少覚悟やそういうものがあったのだろうが、普通のマグルとは一線を引くだろう。
「それに今のあやめサンには、私たちのような情報をもたらす忍者(しのびもの)が必要なんじゃないですか?」
胡坐をかいていた鉢屋が立ち上がる。向けられた視線はやはり自信たっぷりだった。この提案を私が断ることなんて、ないとでもいうように。
元の世界に帰れるような情報は、喉から手が出るほどに欲しい。きっと私に調べられる内容には限度がある。文字も満足に読めない。書物を集める手法だってろくにないのだ。
「それに何より」
そこで鉢屋は言葉を切って、考え込んでいる竹谷くんを見た。そうして少し緩められた表情は、親しい友人に向けるもので。
「八左ヱ門があんたを放り出したままにできるとはこれっぽっちも思えないんでね」
「!?三郎!!」
鉢屋の言葉に怒った竹谷くんに、こちらの肩の力が抜ける。友人にもそんな風に言われて、こちらも少し気恥ずかしくなる。
「で、私の案に乗ってみますか?」
学校に話すという件は、竹谷くんにも一度誘われているのだ。ということは、この提案は竹谷くん自身には恐らく異論はないだろう。私が断ったとはいえ、きっとこれが彼の中でベストなのだろうから。
「そうだね。八左ヱ門くんとふ、不破くん?の信用に関わるなら、そこは乗らないと不味いかな」
「あれ、私の信用は?」
「初めは学園長のみっていう条件で。勿論騒ぎになれば、こちらは何を使っても学校内から逃げ出すから」
「おい、私はどうでもいいのか」
「君はどうでもいい」
非常に正直な感想である。
「あやめさん、」
竹谷くんの心配そうな視線に、私は頷いて答えた。
「うん、大丈夫。挑戦してみて、駄目だったらまた考えるよ。とりあえず、八左ヱ門くんの話すっていうのをやってみる」
後ろのほうで鉢屋が騒いでいるが知らない。ホワイトタイガーの扱い、時折見せられる喧嘩腰。対応がおざなりになるのは仕方のないことだと思うのだ。


...end

話している途中で、鉢屋は竹谷に矢羽飛ばしてそう
20130531
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