「生きて後悔できるなら、私はその方が絶対にいいね」
堂々と鉢屋から放たれた言葉に、竹谷くんは視線を彷徨わせた。そうして誰もいないほうへ顔を向けて、ぼそりとこぼす。
「そんなの当たり前だろ」
「いーや、さっきの八左ヱ門はそんなんじゃなかった。そう思いませんか、あやめサン」
突然振られて肩が跳ねる。
「え、いや」
どう答えていいか分からなくて曖昧に濁すと、鉢屋は小さく肩を竦めた。
「……ノリが悪いな」
どうしてこの少年は、気に触るような言い方しかしないのだろう。しかもこの様子からすると、絶対に意識してこんな言い方をしている気がする。
しかしここは突っかかったりせずに、大人の対応をするべきだと思う。一度自分の中で一拍置いてから、鉢屋のことは無視することにした。
「八左ヱ門くん、怪我はどう?」
「あ、はい、大丈夫です。出血のわりに深い傷は負ってませんか、ら"っ!!!」
語尾が悲鳴のように上がった。竹谷くんの後ろの鉢屋を見る限り、何かされたようだ。
「いって、おま、三郎!」
「一体どこが大丈夫なんだ」
わき腹辺りを押さえて丸まるので、恐らくそこがひどいのだろう。叫んだせいで咳き込んでいるが、その箇所はしっかり庇っている。私はそこに杖を当てて呪文を唱えた。
こんなときに思うのは、魔法学校での授業のことだ。もっとしっかり学んでおけば良かったと何度考えたか分からない。出来ないならば出来ないなりに、なにか方法があったかもしれないのに。
「っ」
一瞬竹谷くんの身体が光って、すぐに収まった。
「……こんなことしかできないけど」
「こんなことじゃありませんよ。あやめさん、その、本当に助かりました」
竹谷くんはこちらを見ないまま、ぼそぼそと話す。鉢屋とやりあったのを見られたのが気まずいのか、魔法が露見する原因を作ってしまったのが悔しいのか。まあ私は、彼が無事ならそれでいい。
竹谷くんが地面に座り込んだのを見て、私はとりあえず立ち上がった。この倒れた忍者達の始末をどうにかしなくてはならないからだ。出来るならば忍者の学校の関係者が来る前にどうにかしておきたい。というか、どうにかしなくてはならない。
杖をで対象を軽く叩いて呪文を口にする。そうすれば、叩かれた対象はあっという間にぐるぐる巻きになった。忍者には確か縄抜けと言うものがあったはずだから、縄のような植物で縛っておけばいいだろう。動けば動くほど大惨事になるやつ。
そうしてばらばらに倒れていたものを一所にまとめ積み上げて、改めてどうしようかと考えた。
「このまま返すのも問題だけど、記憶を改ざんするのも自信ないなあ……」
出来るなら、私と竹谷くんに関するもの全てを消去しておきたい。でもそうすると、代わりの記憶を突っ込まなくてはなるまい。私はそれもそんなに得意ではないのだ。
「あんたのそれは、言霊とかそういう類のものか?」
声を掛けられたのでそちらを向く。竹谷くんとは少し離れた位置で胡坐をかいて座っていたのは鉢屋である。
「厳密には違うと思うけど、似たようなものかも。決まった言葉を口にし動くことで、それに対応した効果が出るものだから」
「へー」
「それに口にした方がそのイメージもしやすいし……」
「ふーん」
感心していると言うより、興味もないような相槌だ。そんな反応するなら初めから聞くなよ。
「ならいくつか南蛮語が混じってたみたいだけど、それは?」
興味がない割りに、随分聞きたがる。不審に思って何となく竹谷くんの反応を見てみれば、彼は真剣に聞いていてくれた。
「ま、まあ、言語の違いはあれど、同じ働きをするものもあるってわけ。その場所の魔法使いが独自に進化させて、それが定着している。昔は国ごとに閉鎖的だったりするから」
その国の特色で進化したものを、今更ひとつに統一するのは難しい。でも他の進化してきた魔法を受け入れないわけにも行かない。
「日本の魔法学校は、どっち覚えても良かったって訳。勿論働きに出るには両方知っていたほうがいいんだろうけど」
私は断然、覚えやすい日本語寄りだった。それでも補いきれないものもあるから、いわゆる日本以外の呪文も多少は使える。とっさに出るのはほとんど日本語だけども。
「それに魔法使いっていうのは、言葉によって力を誘導していくものだし」
「魔法使いにも色々あるんですね」
竹谷くんが感心したように言った。こういうことは問われないと説明しないようなことだ。鉢屋は何も言わずに、じっと考え込んでいるように見える。
「まあね。ここが私の世界だったらあっという間に魔法省が来て、記憶の改ざんとかしていくよ。命に関わることだから、杖は取り上げられないと思うけど」
「なあ八左ヱ門、お前、顔は見られてないんだよな?」
考え込んでいた鉢屋が、ふと竹谷くんに尋ねた。
「あ、ああ。顔は見られてない」
「……そいつらは多分、どっかに放り出しておけば夢かなんかと勘違いする。幻覚かなにかを見せられたと思うだろう」
「はい?」
「おい三郎、なにを……」
「正直目の前で見た私だって目を疑うような光景だったんだ。突拍子もないことは、人間なんでも自分の都合よく考えるもんさ」
私と竹谷くんは思わず顔を見合わせた。鉢屋が言っていることは分かるのだが、それをどういう意図でいっているのか理解が出来ない。
「で、あやめサン。あんたは人間より虎になった方がいい」
その言い方に、少し口元が引きつった。一体どういう意味だ。そう言葉にしようと口を開いたのだが、それは声になる前に立ち上がった鉢屋に遮られた。
「この私が、一緒に賭けに出てやると言ったんだ」


...end

自信に満ちて偉そうな鉢屋三郎。竹谷が助かってほっとしているのだろうけど、あやめがいる前ではそんなこと絶対に見せない。
20130519
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