竹谷くんを認識した瞬間、私は地に足を着ける前に姿を人間へと戻した。そのせいか虎の背中にしがみ付いていた鉢屋三郎は慣性の法則で竹谷くんの方へ飛ばされる。が、問題ないだろう。少なくとも私には問題ない。
人の足で地に着いて、思いっきり杖を振り上げる。その瞬間相手から何か投げられたようだが、守りの盾で全てが無効になった。
「失神せよ!」
杖の先から出た光が一人の黒服へと直撃する。呻き声も悲鳴も、何も出せずに地面へと倒れこむ。
残りの黒服たちはどうやらターゲットを竹谷くんではなく、私へと変更したようだ。こちらへと武器を構えてくる。ピリピリとした空気。これが殺気というやつだろうか。普通に暮らしていたら、絶対に経験することなんてなかっただろう。
それでも私はこれで二回目だ。一度目は竹谷くんと出会ってたまたま。ここがどんなところか知らないまま使った。今度は、状況を理解した上での使用である。
鉢屋三郎や不破くんに言ったように、私は覚悟している。どんな言葉も態度も仕方のないことだと思うから。
「――あ、」
竹谷くんが手を伸ばしたのが見える。あれだけ「魔法」を隠したいと言っていたのだから、その反応は当たり前だ。でも、大丈夫。
「……大丈夫」
投げられたものは一つとして私に届くことはなかった。金属が硬いものに当たって弾かれるような、甲高い音がいくつも聞こえてくる。
その間も私は杖を振るってあっさりと彼らを倒していった。本当に、簡単に。



「……」
最後にこの辺りにマグル避けの呪文を掛けて終わりだ。地面には黒服たちが目を廻していたり、石のように固まって倒れている。この後の処理はどうしよう。記憶の改ざんは得意ではないのだけれど、それしかないような気もする。
「あやめ、さん、なんで、」
竹谷くんの声に、私は明かりの呪文を唱え直した。そうして少し高めにその光を浮かせて辺りを照らす。
竹谷くんはボロボロだった。黒っぽい忍者服だから怪我の様子は分からないが、髪はいつもよりぴょんぴょん跳ねているし泥だらけ。それだけギリギリだったのだと思うと、鳩尾の辺りが少し冷える。
「大丈夫?」
離れた位置のままそう問いかければ、彼は座り込んだ体勢から立ち上がろうとした。それは不味い。怪我しているのに変に動くのはやってはならないことだろう。
「ちょっとちょっと、た、八左ヱ門くん」
言い慣れない名前で呼んでみれば、竹谷くんはぐっと何かを堪えた表情を見せた。
「……ごめんね。助けに来るの、遅れちゃった」
「ど、うして、」
「……」
「どうして、来たんですか!」
その声には色んな感情が詰まっているような気がする。私を巻き込んだという後悔もある。でもきっと、安堵だって絶対にしている。そう感じるのも、竹谷くん自身は許せないのかもしれないけど。
「それは、」
「私が頼んだからだ」
無視するなとばかりに鉢屋三郎が割り込んできた。どうやら飛ばされた場所から動けなかったようだ。まあ武器は飛び交っていたようだから、守りの呪文が掛かっていたとはいえ賢明な判断だと思う。
竹谷くんはそれを聞くとふらふらと立ち上がる。とっさに支えようと駆け寄ろうとするが、それより鉢屋三郎へと掴みかかる方が先だった。
「おまえっ」
「なら聞くが」
掴みかかられた鉢屋三郎は、その反応を予測していたのか驚くことも取り乱すこともしない。代わりに淡々と問いかけていく。
「あの状況でどうやって切り抜けるつもりだった?追いつかれていただろう。あれからどう生きて帰るつもりだったんだ?」
本当にギリギリだったのだ。
「学園へはもっと距離がある。報告して小隊を組んで、それから救出なんてどう考えても間に合わない。その間に八左ヱ門、お前は殺される」
感情の起伏が見えない表情が、その話を妙に現実的にする。
そうか。だから彼は私を頼ったのか。信用もしていない、どんな力を持っているかも分からない。けれどもし助けられるとしたら、それは私しかいないと。
それに多分私になら、万が一何かあっても問題ないと判断したのだと思う。学園は恐らく、救出のスピードではなく確実性を取るだろう。隊を組んで行うなら尚更だ。下手に手を出させて、被害を大きくするわけにもいかない。
「それともなんだ。お前は死ぬつもりだったのか?」
「そんな訳っ、ごほっ」
大きな声を出したからか、竹谷くんは鉢屋の胸元を掴んだまま咳き込んだ。はっとして駆け寄ろうとするが、鉢屋がこちらを見ずに手を上げて静止させる。
「そんなつもりなくたって、こんな状況じゃ道はそれしかないだろう」
「っ、でも、どうしてあやめさんを、巻き込むような真似……!」
「随分自分勝手だな、八左ヱ門」
そこで鉢屋は大きくため息をついた。
「ここまで人となりを知って知られて、自分が何やっているかも教えてて、それで何も巻き込まないことが出来ると思ってんのか?」
「、」
「この人と一番関わってきたのは八左ヱ門だろう。それでも、これが最悪の状況だって言えるのか!?」
鉢屋の言う最悪な状況は、恐らく竹谷くんが死ぬことだ。そうして私にとっての最悪もまた、彼が私の知らないところで死ぬことだと思う。
「何とかする力があって、それでこのことを後から知らされたらどうする?人の生き死にじゃ、後悔なんて全く役に立たないんだぞ」
鉢屋の言う通りではある。
忍者の学校内で起きたことが、私の耳に届くのは一体いつになるのだろう。竹谷くんが全然来なくなって、理由も分からなくて、そうして最後に一番会うことのあるきり丸くんに尋ねるのだ。もしかしたらそこでも、部外者の私は弾かれるかもしれない。
でももしそういったことを教えてもらえたとしても、全て終わった後になってしまう。何とかできたかもしれないことも、終わってしまっては手出しなんて不可能だ。
「……それでも、それでも俺はもう、」
鉢屋の胸元から手が離れる。力尽きたように膝を突いた竹谷くんに、今度は止められることなく駆け寄った。彼の視線は、立ったままの鉢屋に固定されたままだ。
「生きて後悔できるなら、私はその方が絶対にいいね」


...end

死んだらそこで終わり
20130511
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