固まった二人を、虎の姿のまま近づくことで我に返させる。その驚き方はこちらが心配になるほどだったが、腰を抜かしたり攻撃に転じなかっただけいいだろう。
「う、わ、」
不破くんは寄った私から距離を取ろうとして、少しふらつく。恐らく何が起こったのか理解できていないのだと思う。隣にいた鉢屋三郎はこちらを凝視している。
でもこちらには、その放心している二人に付き合っている暇はない。竹谷くんが危ないのならば、早くその現場へ行かなければ。
「伊賀崎があれだけ甲斐甲斐しく世話してたのはこれか」
どうやら鉢屋三郎の方は、別の疑問も解消したらしい。
「七松先輩が会ったっていうのもあんたか」
大きくため息をついた彼は、数歩下がった不破くんに声を掛けた。
「雷蔵は学園に知らせてくれ。私はこの桐野あやめと戻る」
「そんな、三郎だって怪我してるじゃないか!」
「この人のお陰でさっきほどじゃない。それに雷蔵は、これと並走できるほど信用しちゃいないだろう」
鉢屋三郎は私を「これ」と言った。なんていい草だ。でもそれも一理あるかもしれない。多分不破くんは私の横を走ることは出来ないだろう。当然だ。こんな獣が隣に居たら、とりあえず自分の身の安全を優先する。
しかし正直今はそんなことを言っている場合ではない。白い虎の姿から、人の姿へと戻る。動物もどきは話せないのが残念だ。
「どっちでもいいから早くして。一人だったら背にも乗せられると思う。守りの呪文も掛けるから、できればこちらを信用してくれた方が都合がいいんだけど」
強く押す。
「雷蔵、」
鉢屋三郎がもう一度不破くんの名前を呼べば、彼は小さく了承した。
「……分かった。その代わりそれ以上怪我しないこと、帰ったら色々聞かせてもらうからね!」
ざっと地を擦るような音がして、多分不破くんが居なくなった。私に気配は感じられない。
「で、さっさとさっきの虎になれ」
「随分な物言いだね。まあいいや。ちょっとこっち向いて――守れ!」
杖から放たれた光で、一瞬だが鉢屋三郎の表情が見えた。少し強張っているようにも思える。
恐怖だろうか。何の術を使うか分からない人間が怖いのか、人をも簡単に引き裂ける爪と牙を持った獣が怖いのか。
今はそのどちらだっていい。私はそれに気がつかない振りをして、もう一度白虎へと姿を変えた。そうして先ほど言ったことを実行するために、少し伏せ気味になる。
鉢屋三郎は一度だけ躊躇して、すぐに虎の背へと飛び乗った。鞍もなければ掴むところすら侭ならないかもしれないが、首辺りの毛を思いっきり掴んでいればどうにかなるだろう。私も振り落とさないように努力はするつもりだ。努力は。
「ここから子の方角だ」
……どっち?面倒なことに、私の理解できる方法で言ってくれなかった。分からない、とその場でぐるりと回ると、少し苛ついた声が上から降りてくる。
「分からないのか!?じゃああっちだ、あっち!!」
首の辺りを容赦なく引っ張られて思わず呻く。こいつ本当に扱いが雑ですね!竹谷くんや孫兵くんたちとは大違い過ぎてどうしようもないや!!こいつ振り落としてやろうか!!!
だが今のこの状況でそんなことは出来ない。竹谷くんを無事に助けたら覚えとけよ鉢屋三郎。思わず心の中で毒づいて、指示通りに走り出す。
やはり白虎になったのは正解だったと思う。この暗い夜道でも、人間のときとは全く視界が違う。暗いはずなのに周りが良く見える。月や星の明かりだけで十分なんて、人間の姿では絶対に体験できない。いや、この背中に乗っている鉢屋三郎は見えているらしいから、私も小さな頃から忍者の修行でもしていたら見えていたのだろうか。
「もっと早く走れないのか!?」
背中で鉢屋三郎が好き勝手言っている。これでも随分進歩した方だ。慣れない頃は転げてたんだからな!野生には絶対に敵わないが、人になら勝てる自信がある。
それでもその言葉は、どちらかといえば竹谷くんを心配してのものだろうから、今は反論しないでおこうと思う。でも竹谷くんを助けたら覚えてろよ。



どれくらい走っただろうか。虎の姿をしているとはいえ、正直これ以上走るのは辛いものがある。元々運動不足だった上に、人を乗せているのだ。普通に走るよりもエネルギーは使う。
少しスピードが落ちてきたのが、乗っている鉢屋三郎にも分かったのだろう。こいつはあろうことか、私の横っ腹を蹴りつけてきた。軽くだけど蹴りつけてきた。どんな扱いだ。
「……もう少しだ。奴らに気がつかれるのはまずいから、ある程度行ったら止まってくれ。このまま飛び込んだらいい的になる」
背中の彼はそう言ったが、私は止まるつもりなんてさらさらない。守りの呪文は掛けているし、そもそもこっそり探すなんて私には無理だ。
「おい、そろそろ止まれ。血やら火薬やらの匂いで分かるだろう」
首元の毛を引っ張られたが無視する。火薬や鉄の匂いで分かりにくいが、人が大勢動いているのは分かった。この暗闇で感覚が研ぎ澄まされてるのか、それとも背中の鉢屋三郎の気にしている方向に意識が行くのか。
「ちょ、おい、聞いてんのか?!」
段々焦りが混ざってきたが、こちらも混じる匂いに思わず呻いた。人とは違う、獣の臭いもする。血の臭いに誘われてきたのだろうか。
「おま、桐野あやめ!止まれ!!」
ラストスパートとばかりにぐっとスピードを上げれば、背中の鉢屋三郎は悲鳴のような叫び声を上げる。確かに的にはなりたくないだろう。
「ぎゃああああ止まれええええ」
一つ藪を突破すれば、そこにはぎょっとしたようにこちらを見やる黒服の忍者四人と、呆気に取られている竹谷くんが、そこにいた。


...end

鉢屋三郎とあやめはお互いにどうも合わないようです
20130506
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