「桐野あやめ!」
夜中だった。私は外に光が漏れないように呪文を掛けて、ひっそり魔法の勉強をしていたのだ。昼間は町を散策するので忙しいし、あまり部屋にこもっていると女将さんに心配される。
とにかく、その時間帯は静かで、人などほとんど寝静まっているはずだった。
「桐野あやめ!!」
だがこれは、聞き間違いではなかったらしい。用心して守りの呪文を掛け、そっと宿の正面の道を覗き込む。光が一筋外へと漏れて、それに照らされる二つの影。
「あ、」
その姿には見覚えがあった。確か鉢屋三郎、だ。忍者服の色がいつもと違う。暗い、夜に紛れたような色。竹谷くんが着ていた群青とは、全く違うものだ。どちらかといえば学校の先生方が着ていたものに似ている。
こちらが気がついたことが分かったのだろう。鉢屋三郎は私をじっと見つめると、すぐさま踵を返した。そうして一度振り返って、少し首を上げる。

「来い」確かに彼はそう表現した。

勿論逡巡する。魔法はばれたくないと言った。そんな私に、竹谷くんは行動のアドバイスをくれた。出来る限り学校の生徒とは関わらないこと。これで着いていったら、今度こそ竹谷くんには見放されるかもしれない。
でも私には、これを無視できるだけの知識も自信もなかった。私には鉢屋三郎が、何か訴えているようにしか思えないのだ。それが嘘で罠かもしれないと思っても、そう言い切れる根拠がない。
少し考えて、ローブと魔法学校の制服を取り出す。こちらの方が着替えるのは早いし、動きやすい。ローブをしっかり着込んでしまえば、中の制服のスカートなんて分からないだろう。
箒をトランクから取り出して、元の大きさへと戻す。そうして私は、二階から下へと飛び出した。
箒を持っていることで地面に叩きつけられる前にふわりと宙へ浮く。そうして危な気なく地面へ降り立つと、鉢屋三郎(ともう一人)が消えた方へ向かった。
私の部屋から漏れる明かりが届かなくなる前に光を呼ぶ。杖の先が微かに光って、それから離れた。一定の距離を保ったまま。蛍のように道を照らしてくれる。気配は感じ取ることが出来ない。だから普通に呼ばせてもらおう。
「鉢屋三郎、私に何か用?」
光があるといっても、今は夜だ。自分の周りだってほとんど見えない。けれど声はしっかりと聞くことが出来た。
「あんた、八左ヱ門が大事だって言ってたな。それ、今でもそう言えるか」
「……言えるけど」
まだ姿は見えない。
「あんた、強いのか?それとも怪我が治せるのか?」
そこまで聞いて、着いてきたことが間違っていなかったのを悟った。これは多分、竹谷くんになにかあったのだ。
「姿を見せて!状況も聞かせなさい!!」
私にしては強めの声が出たと思う。それでも姿を見せない彼らに焦れて、杖を振って光の強さを上げる。
「わ、」
「なっ」
二種類の声がした方向に視線をやれば、そこには同じ顔をした二人の男の子が立っていた。どちらかが鉢屋三郎で、どちらかが不破くんなのだろう。よく見ればこの二人も無傷ではない。所々に怪我をしている。
まるで、一番最初の竹谷くんを見ているようだ。
「怪我、ひどいの?」
私の言葉にはっとした片方が、もう片方の腕を掴んで答える。
「あ、さ、三郎が」
「今はそれどころじゃないだろう」
とりあえず頭を怪我しているのが鉢屋三郎で、そうでないのが不破くんだと理解できた。次いで杖を振りかぶれば、瞬間的に二人は臨戦態勢に入る。でも、関係ない。
「癒えよ!」
杖から淡い光が放たれて、鉢屋三郎へと当たる。そうして身体がぼんやり光るのを、彼らは呆気にとられて見つめていた。
「痛みは?」
「あ、さ、さっきほどじゃ、」
「なら話して。教えてもらわないと何も出来ない。私に何かして欲しくて、呼んだんでしょう?」
私は魔女だ。マグルには到底不可能なことも、この手で出来ることがある。
「八左ヱ門が、殿(しんがり)で残った。正直無事で済む相手じゃない。……あんたはこの前、どんな手段でも大事なものを守ると言った。なら、今、それを実行してくれ」
去り際につぶやいた言葉が聞こえていたようだ。さすが忍者というべきか。耳がいい。
私は殿の意味を知らない。けれどこの話からして、竹谷くんが一人残って強い敵と相対しているのは分かった。
「その場所に案内して」
杖を振って光を落とす。向かうなら、出来るだけ目立たないようにした方がいい。すると(多分)鉢屋三郎が口を出す。
「……あんた、明かりなしで走れるのか?」
「あれだけ人を大声で呼んでおいて、それはないでしょう。全然見えないけど」
「三郎、やっぱり僕、学園に」
手を上げて言葉を遮った。目立たずにこの暗い道を走るなら、とてもいい姿がある。虎の眼は、暗闇も良く見えるはずだ。
「どんなことをしても助ける。その代わり、一つだけ約束して」
じわりと身体が熱くなる。
「後からなら、どんな言葉……悲鳴だろうがなんだろうが聞いてあげる。でもそれは、竹谷くんを助けてからにして」
身体が膨れ上がっていく。全身を覆う真っ白な毛が、夜の闇に浮かんでいるような錯覚に陥る。大きな頭を一度振って、目の前の二人を見据えた。

――これで竹谷くんを助けられるなら、町の移動なんて安いものだ。


...end

腰を抜かさないだけマシな反応だと思うあやめ。
20130425
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