聞きなれない地名。時代。見慣れない風景。そして目の前にいる忍者たち。
それを踏まえれば、今自分の身に起きていることが普通でないことは十分理解できる。だが私はそれを、そう簡単に認めるわけにはいかなかった。だって本来ならば有り得ていい状況ではないからだ。
魔法を扱う者として、時間に干渉することがどれほど面倒で危険であるかは、学校で耳にタコができるほど教わった。まあそもそも私には、時間に関する魔法なんてしたくたってできないのだが。主に実力的な意味で。
「ゆ、夢なら覚めて欲しい、」
けれど恐らくこれは現実だ。魔法を使わないマグルの前でここまで派手にやらかしても、魔法省のまの字も現れない。即ちそれは、そういったシステムがまだ生まれていないからではないだろうか。
イコール、誰も助けに来てくれない。もしかしたら元いた場所では騒ぎになっているかもしれないが、助けに来てもらえる保障はあるだろうか。時間が関わっているのだとすれば、危険だと見做されて見捨てられる可能性だってある。いやそんなまさかマジでか。
「泣きたい……」
思わず少年から離れてorzという体勢を取っていると、恐る恐るといった風に、彼は声を掛けてくれた。不思議な動きと呟きをする私は随分疑わしいだろうに、優しいことだ。
「あ、の、」
「はい、」
ちなみに少年は私の問いには一切答えてくれなかった。突然の質問に驚いたか、内容に戸惑ったのか。実際私の中ではほぼ答えは出ているのだから、返事には期待はしてなかったけれども。ほら、忍者だし。
「今、何したんですか?」
少年の目が私を見つめる。警戒しているにしては、随分丁寧な物言いだ。どうやら私が怪我をどうにかしたというのは、方法は不明ながらも理解はできたようである。
「それは、どの辺りからのこと?」
丁寧に聞かれたのならば、私も真面目に返すべきだろう。絶望的未来のために半分地面に這っていた身体を起こし、正座する。守りの呪文が掛けてあるから、心情的には余裕がある。
「ぜ、全部気にはなりますけど、とりあえず、ありがとうございました!」
「え、」
突然頭を下げられた。
「一応、血は止まってます。そうなると、あなたのおかげでってことですよね」
どうやら先ほど黙っていたのは、少年なりに私を見定めていたということだろう。しかし随分判断が早い気がする。……ただ、私は忍者じゃない。彼らには彼らの見定め方があるのかもしれない。
「お礼を言われるほどのことはしてないよ。本当に血を止めただけだから。私、癒し系統は結構苦手なの」
「いえ、十分です。本当に助かりました。名前をお聞きしてもいいですか?」
するりと口元の布が取られた。顔色は血を流していたせいか、とても悪い。なのに口調はしっかりしていた。
「桐野あやめ。君は?」
「竹谷といいます」
少年と表現していたものの、年は私と同じか少し下くらいかもしれない。自信はないが。
少年改めて竹谷くんは、最初の警戒っぷりがどこかへ行ってしまったようだった。怪我を治したからか話していて無害だと思われたのか、とにかく、今の私にはありがたい。分からないことは聞いてしまおう。
だが先に、やることがある。黒服忍者の始末だ。
「じゃ、竹谷くん。ちょっと聞きたいんだけど、あの黒服ってなんなの?追いかけられてたから、敵って言う認識でいいんだよね」
「え、あ、まあそうですね」
はっきりしない言い方だ。だがこれで言質はとった。適当にやらせてもらう。
「私としても面倒ごとは避けたいので、記憶飛ばした上で放置しちゃうから」
言いながら背中のトランクを下ろす。杖で二回ほど叩けば、大きさが戻った。竹谷くんが小さく飛び跳ねる。
確かトランクの奥の方に、効果が強すぎる忘れ薬があったはずだ。強すぎて先生と友人に処分を迫られた覚えがある。勿論捨てませんでしたが。
量もそこそこあるから、全部使えば黒服忍者はどうにかなるだろう。どこまで忘れてしまうかは私にも分からないが。攻撃してきた分のやり返しだと思ってくれたまえ。
ついでにそこそこの大きさのマットも取り出しておく。竹谷くんがトランクを凝視しています。確かに、どう見たって大きさが合わない。
「さて、目を覚まされる前に移動しましょ」
空飛ぶ絨毯って、子供心に憧れるものだよね。




「と、飛んでる……」
竹谷くんは私の背にしがみ付いたまま、そっと下を覗き込んだ。流石に空はまずいと思ったので、今飛んでいるのは地面すれすれだ。氷の上を滑るように進んでいる。上空って風強いし。明るいから目立つし。
ちなみに、私たちが乗っているのは紛れもなく先ほど取り出したマットだった。本当なら絨毯のほうがそれっぽくて良かったのだが、生憎予算の関係で広めの安い方を買うしかなかったのだ。
「ごめんねー本当ならこの青い空を自由にってのも考えたんだけど」
「いや、これでも十分怖いんで」
竹谷くんは私の背にしっかりつかまったまま、マットの上に座っている。彼にも色々聞きたいことはあるだろうに。
ただ私も結構やらかしているので、もうそういうものだと割り切っているのかもしれない。となると、この竹谷くんは、順応力も高くて頭も悪くないということだろう。
「で、どっち向かえばいいの?」
この簡易空飛ぶマットに乗る前に、軽く話したのはこれからのことだ。
私はこの時代の一般的な知識が欲しい。本当に上辺だけでいい。怪しまれても、元の時代に帰れるまでの生活さえできれば。
だから私は、竹谷くんに提案したのだ。人のいる町かどこかに連れて行ってもらえないか。その代わり、こちらは君をどこでも連れて行ってあげるから、と。今までの態度を見ても、悪い人には見えない。常識的なことを教えて欲しいと頼めば多少は協力してもらえるだろう。
しかしあれだな。これは魔法使えなかったら色々詰んでる状況だ。その日あった人を頼るなんて、万が一は魔法でどうにかできると考えていられるから出来ること。普通ならしない。それ以前にマグルならこういう状況にも陥ったりしないか。
「指差してくれれば、川だろうと森だろうと突き進んでくれるから大丈夫」
「町、がいいんですよね」
「うん、人の出入りがそこそこあって、変わり者がいても問題ないところ」
「……そこに住まれるんですか?」
竹谷くんのその質問が、どんな意図があってのものかは分からない。でも嘘をつく必要もない。それに、今嘘付いたら面倒なことになりそうな気がする。忍者って嘘見破るの得意そうだ。
「厳密に言えば違うけど、分類としてはそうかな。帰れるまでの一時避難みたいなもの。でもそれがいつまで続くか分からないから、人がいた方がいいと思って」
「ならそこそこ人が多いほうがいいですね。人が少ないと、新しい人に敏感になりますから」
「はい。よろしくお願いします」
竹谷くんが腕を上げて方向を示してくれる。空飛ぶマットが、そちらに向かって動き出した。



...end

不思議な力持ってるけど悪い人ではなさそうだし、近くの町へ案内するくらいならいいか。って考えてる竹谷八左ヱ門。
20120420
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