「三郎」が竹谷くんに変装していると分かってから、私たちは合言葉を作ることになった。簡単で知っているものにしか分からないものを、ということで、問いかけは私がすることになっている。
孫兵くんには必要ないという。三郎の変装は顔はどうにかなっても、身体の方はどうにもならないらしい。だからある程度なら大きく見せることは出来ても、小さくなることは出来ないとかなんとか。
とにかく何が言いたいのかといえば、たった今目の前にいる彼は竹谷くんではないのだ。絶対に。
「……はい?」
「空を飛ぶ方法は?」
何を言っているんだという表情をしている(恐らく)鉢屋三郎を前に、私はもう一度同じことを言った。これが竹谷くんならば「あ、例の布ですね!」くらいは答えてくれるだろう。しかし今日の竹谷くんは考えるどころか顔をしかめた。偽者に違いない。
とりあえずまた偽者に会ったら、基本的にノーリアクションで退却してくださいと竹谷くんに言い含められている。人通りの多いところでさりげなく魔法を使えば問題ないと教えられたから、多分その方法が一番いいのだろう。とにかく二人きりにならない。逃げる術がなくならないように、それだけは守ろうと思う。
「……合言葉か」
小さく出た言葉にこちらは何の反応もしない。したかもしれないけど、しない。してません!
声を掛けられたのは茶屋でお団子を食べている最中だ。何事もなかったようにお金を払って席を立って、早く逃げよう。人ごみに紛れてこっそりマグル避けを唱えてしまえば問題ない。
この(恐らく)鉢屋三郎も、私の何かを警戒して、人気のない場所では話しかけてこないだろうからと竹谷くんが予想していた。それは逆に、こちらにも都合がいい。
「竹谷に何か言われましたか?」
その表情は、竹谷くんのものではなかった。少なくとも私は見たことがない。何かを企んでいるような、にやりとした笑み。
最後の一串を急いで口の中に詰め込んで、この場を去ろうとする。しかし急いで食べたせいか、このタイミングで詰まらせた。
「むぐっ」
「あ」
それに驚いたのは私以上に(恐らく)鉢屋三郎だ。まさか目の前で、団子を喉に詰まらせるなんて思ってもみなかっただろう。
「ああ、急いで食うから……ほら」
すぐ脇のお茶を手渡されて、思わずそれを受け取る。本当ならば知らない人から渡されたものは口にしないでくださいと竹谷くんから言われていたのだが、これは緊急事態というか苦しいので例外です。
「……!!」
温くなったお茶を飲み込めば、つっかえていたものがようやく胃へと収まってくれた。
「し、死ぬかと思った……」
「私もまさか、あそこで詰まらせるとは思いもしなかった」
呆れたような言葉に、こちらは口を噤むしかない。でも礼を言うくらいなら構わないだろう。よし、お礼だけお礼だけ。
「ありがとう、助かりました」
「こちらも私が会いに来たときにあなたに何かあったら、竹谷に吊るされていたと思いますから」
お礼以上の反応はしない。何を探られるか分からないし、それ以上に探られているというのも気づかないかもしれないから。
「おや、無視ですか?それも竹谷に?」
お店の女の子に代金を渡して、そのまま店を出る。いつもなら合流した竹谷くんと少しの間そのまま話すからか、女の子は不思議そうにしている。ついでに「喧嘩ですか?」なんて尋ねてきた。
私はそれに曖昧に笑って、足早に(多分)鉢屋三郎の横を通り過ぎる。
「はあ……」
大きくため息をつかれた。
正直ため息をつきたいのはこちらだ。竹谷くんのふりをして騙されて、彼に余計な心配を掛けてしまった。前はその姿に迷いなく声を掛けられたのに、それも出来なくなってしまっている。
「別に私は、竹谷があなたと会っていようが何をしていようが構わないんですよ。先輩方の幾人かは疑っていた節もありますが、恐らく結論は出ています」
歩く私の後ろを、声が聞こえる程度に付いてきている。
「あなた自身が決まった生徒としか交流していないのと、学園自体に興味がなさそうなのも理由でしょうね」
こちらから話したりはしない。尋ねたいことは覚えておいて、竹谷くんに聞いた方が絶対に良い。
「……でも私は、個人的にあなたに興味があるんです。あなたが何者なのか。どこから来たのか」
前触れもなく腕を掴まれた。驚いて振り向けば、そこには真剣な表情をした竹谷くんではなく……誰だ。見たことある気はするのだが、すぐには出てこない。どこで見たんだったかな。
「以前おっしゃっていましたよね。名前は教えてもらっていない。警戒していた。怪我をしていた、と」
「あ、きり丸くんの先輩の人!」
ぱっと思い浮かんだ。名前までは出てこないが、きり丸くんの委員会の先輩だというのは薄っすら記憶にある。けれどそうなると、この人は鉢屋三郎ではないということになる。
「……違います。竹谷に言われているとおり、鉢屋であってますから」
再びため息をつかれたのだが、問題はそこではない。やはり私は、何度かこの鉢屋三郎と会っているのだ。以前そういうことを話した覚えはないが、彼が竹谷くんに扮していたのならば分からないのも仕方がない。
けれど、一体どこまで話したのだろう。竹谷くん曰く、魔法のことはまの字も知らない。
「竹谷は一度懐に入れたモノは、最期まで責任を持ちます」
「最後まで……」
確かに竹谷くんは、委員会でそんなことを教えていた。狼のこともそう話しているのを、聞いたことがある。懐かれなくとも、拾ったのならば放つまでは、と。少しだけ自分の状況と重ねてしまったのはご愛嬌だ。
「でも人間には、そう簡単に踏み込ませないはずだ」
ぎゅっと握られた腕が痛い。
「怪我をした竹谷を助けた?治した?あなたは何を、」
口の中で小さく呪文を唱える。小さな静電気を起こして、その瞬間に鉢屋三郎の手が離れた。
「いって、」
彼が手を押さえて苦々しくこちらを見る一方で、私は妙に清々しい気分で鉢屋三郎を見ていた。この言い方だと鉢屋三郎という男の子は、竹谷くんの身を案じていたのだろう。私への疑いと、友人への心配。
「私はその学校には興味もないし、どうするつもりもないよ。でも八左ヱ門くんたちは……私が関わった子たちは、うん、大事にしたいと思う。大切だもの」
向けられた視線に困惑が混じる。出来るなら、これで私に関わるのはこれきりにして欲しい。
「名前、教わったんですか」
「……うん」
二、三歩下がって再び呪文を口にする。鉢屋三郎の表情が、ひどく驚いたものに変わった。私を認識できなくなったのだと思う。消えたわけではないから、気のせいで済む。
「大切だからどんな手を使っても守ると思うよ、多分ね」


...end

鉢屋は名前を教えていないという情報のままだったので、竹谷のことをずっと名字呼び
20130419
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