「困ったことがあったら、絶対に言ってください。それと、……この町を離れるときは、俺に教えて欲しいんです」
真剣に言われたその言葉に、私は頷くことしか出来なかった。断るべきなのは分かっている。自分は魔女で、竹谷くんはマグルだ。こんなややこしい事態に巻き込むべきではない。というか、こんなことしていたらとっくに魔法省が飛んできているはずだ。
竹谷くんが私に付き合う義理もない。最初の出会いは十分返してもらったと思っているし、ここ最近のことを考えれば、むしろこちらが借りを増やしている。
けれど私は、どうしてもそれを告げる気にはなれなかった。
何かしら疑われている時点でこの町を出なくてはならないことも分かっていた。でも今更一人になって、自分は耐えられるだろうか。魔法という秘密を抱えて、誰も知らない町へ向かうことなんて、きっと出来ない。
自分以外の魔法使いがいない中で、こうやって自分を受け入れてくれることがどれだけ貴重か身に沁みてしまった。私にとって竹谷くんも孫兵くんもきり丸くんも、欠かしてはならない人だと思う。
「でも、その、友だちとかは大丈夫?先輩とかに何か言われたりしていない?」
あとの心配は、竹谷くんたちの学園での立ち位置だ。疑われている私と親しくしていて、何か不都合なことはないのだろうか。彼らが学園の中で孤立してしまうのは絶対に避けたい。一人に戻るのは怖いけれど、これは譲ってはならないと思う。
「……まあ、疑うのが忍ですからね。桐野さんの様子は聞かれますが、その程度ですよ。土井先生とは組が特に問題なく関わっているというのは、結構大きいです」
「容赦ない攻撃は受けたけど」
この間のことを思い出してそう言えば、竹谷くんはほっとしたように表情を緩めた。
「すみません、突然こんなこと言い出したりして」
「いや、ありがとう。考えてくれてたんでしょう、色んなこと。むしろ提案に乗れなくてごめんね」
しっかりと握られた手は暖かい。何となく和んで、こちらから改めて握り直す。すると竹谷くんは、はっとしたように手を放してしまった。
それを少しだけ残念に思う。
「あ、」
「す、すみません!さっき痛かったですよね?」
慌てる竹谷くんにこちらは小さく笑って、今度はこちらから手を握る。彼の手は私の手とは全く違う。大きさも手のひらの硬さも、傷跡の多さも。
私たちは同じ人間なのに、まるで違う生き物のようだ。生きる世界以上に、時代の違いも大きいのかもしれない。
「あの、ところで、今更ですけど」
「うん?」
「桐野さんのこと、名前で呼んでいいですか?」
言われたことに瞬きしてみせれば、竹谷くんは慌てて訳を話し始めた。
「いや、その、孫兵もきり丸も名前で呼んでいるじゃないですか。俺だけこのまんまっていうのも、変っていうかなんていうか……」
「なら私も竹谷くんのこと、名前で呼んでいいの?」
「あ、はい、勿論です!」
勢い良く返ってきた言葉は願ってもないものだ。
「それなら、私も今更なんだけど」
しかもこれは、本当に今更なのだが。
「?」
「実は私、竹谷くんに名前を教えてもらってないの」
「えっ」
「だって一番最初、竹谷くん自分の名字しか言わなかった。その後も一回聞いたことあるのに答えてくれなかったし……」
話しているうちに、竹谷くんの顔色と表情が忙しいことになっている。
「一回聞いたって、いつのことですか」
「えっと、いつだったかな……なんか、ああそうだ、私のことを名前で呼んでくれた時に」
話の途中にも関わらず肩を掴まれた。私は手を握っていたはずなのに、いつ抜けられたんだろう。素早い。これが忍者か。
「その時何か変わったことは?特別されたこととか!」
「え、」
「ああくっそ、三郎のやつ!あいつ全然知らない振りしやがって、会ってんじゃねえか!!」
一体何を言っているのか理解できなかった。彼が非常に憤慨していることは分かる。私のことを怒っているわけではないだろう。基本的に言い聞かせるように、窘める人だから。
これはたった今出てきた「三郎」という人が原因か。しかも会っている、と。誰に?そんなの、私に決まってる。
「えっと、でも、私、その人に会ってことなんてないよ?名前知らないままだったらあるかもしれないけど……」
「違うんです。なんていうか、三郎、鉢屋三郎は変装が得意で」
変装。心臓が変な音を立てた気がする。
「多分俺の姿になって、桐野さんに会っていたんだと思います」
立花くんの仙子ちゃんや、きり丸くんのきり子ちゃんだって見抜けなかった。苦手だと言っていた、竹谷くんの女性への変装も凄いと思った。私には、竹谷くんが本物かそうでないかの見分けはつけられない。
魔法が相手なら、そういう薬や呪文があるから、きっと「そういうことにも」警戒しただろう。ここにはそんな便利な魔法はない。その代わり、魔法にも頼ることのない技術がある。
「ど、うしよう。私もしかしたら、話しちゃったかもしれない」
「すみません。こういうことは早めに対策しておくべきでした。……ちょっと安心していたんです。桐野さんは学園とそう関わりもない人だから、そうそう興味を持たれることもないだろうって」
掴まれた肩が少し痛い。私はその手に、そっと自分の手を添えた。
「私ももう少し、忍者の人たちが、何が出来るか教えてもらうべきだったんだと思う。でもその、こんなに長く居ることになるとは考えてもなくて」
その時代を生きているなら、長くても短くても知っておくべきだった。こうやって、その地の人と親しく関わるのならば尚更。
「……俺も、です。忍は影に生きるものだから、桐野さんを、あやめさんを不安にさせるようなものもきっとあります。だから教えられないことも、教えたくないものも沢山ある」
不安になんて、この時代に来たときからずっとある。それでもその不安に潰されないのは、その忍者である竹谷くんたちがいるからだ。
「でも多分、三郎はあなたの力のことを理解はしていないと思います。恐らく、目にしてもいないんだと思う。もし見ていたら、知っているだろう俺に、何も言わないはずがない」
竹谷くんの視線が揺れる。そうして一度考え込むように目を閉じてつぶやいた。
「何かを怪しんではいるとは思いますけど。あいつはよっぽどの危険がない限り、人の判断には口を出しません」
その口ぶりは、随分仲の良い友人への言葉にしか聞こえなかった。もしかしたら前に学園で見た子の中にいたのかもしれない。
「竹谷くんは、その三郎って子を信用してるの?」
「え、まあ、付き合いは長いですけど」
「ならばれちゃった時は、その時考えようか」
「は?」
「だって竹谷くんの付き合いの長い友人なんでしょう?ならきっと、魔法自体は受け入れなくても、話し合う余地はあると思うんだよね」
名前で呼んで、性格もそこそこ分析ができて。怒りに任せて雑言が出ない辺り、結構仲がいいんじゃないだろうか。
竹谷くんの友だちならと、ほんの少しだけ期待してしまう。
「た、しかに頭の柔軟な奴ではありますけど」
お互いに視線があって、何となく笑ってしまった。心配事ではあるけれど火急のものではない。
「三郎には、俺が探りを入れておきます。当分は合言葉とか、そういうものを用意すれば十分でしょう」
「うん」
「それと今更ですが、俺の名前は八左ヱ門です……あやめさん」


...end

ようやく名前を教えてもらえました
20130330
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