「きり丸くんのバイトの手伝い?私が役に立つかどうかは分からないけど……」
きり丸から誘われたバイトの話を桐野さんにすれば、彼女はあっさりと頷いて見せた。どうやら頻繁に会ってはいるようで、きり丸の事情の大まかな話は本人に聞いていたようだ。
「どうもそこそこバイト代がいいらしくて、きり丸は結構張り切っていますよ。そんな時は万が一危険なことがないように、上級生が一緒に付き合ってやったりするんですが」
その付き合うメンバーはおおよそ六年生の三人だと聞いているが、時折雷蔵も着いて行ったりすることがあるらしい。図書委員会の先輩だからだろうか。頼りにされているのだろう。
「じゃあ今回は竹谷くんがそれに付き添うってことなんだね」
桐野さんはそう言うと、そっと体を近づけた。そうして少し、声を落とす。この程度の声では、忍には簡単に聞こえたしまうだろう。けれどそれを、今のこの人に伝える必要はない。不味い話題は俺がどうにかすればいいだけの話だ。
「きり丸くん、なんか言ってた?」
「いいえ。何か言いたそうにすることはありますけど、一応忍者の学校ですからそういうことはみだりに口にはしませんよ」
そっと口に指を当てて見せれば、桐野さんはほっとしたように肩の力を抜いた。
「どうしたんですか?」
「んー、やっぱり秘密にするのは難しいなって思ってね。私の不注意とか心持が一番の原因ではあるけど、魔法省のフォローがないと隠すのって大変なんだなあってしみじみ思うよ」
魔法省。確か桐野さんの世界の魔法使いを保護し、管理している組織だっただろうか。
「私みたいに"出来ないこと"が多い人間には、特に」
「……桐野さん、出ましょうか」
少し違和感があった。何がとは言えない。もしかしたらただの勘違いかもしれないし、気にしすぎたのかもしれない。
けれど今、桐野さんの言葉にどこかで反応したような気配があった。動揺だろうか、そんな類の。ようはそれは、こちらの会話を聞いていたということになる。しかも今の今まで俺に気づかれることなく、耳を澄ましていたのだ。
「え、竹谷くん?」
「出ましょう」
戸惑う桐野さんを、有無を言わせず茶屋から連れ出す。お代は机の上に置いていっただけで十分足りるだろう。
出来るならこの気配が、学園の者の関係者であって欲しかった。彼女には悪いが、もういっそ、この魔法のことを学園に知らせてしまったほうがいい。
桐野さんが困っている人を見捨てられないのは今まででよく理解できたし、それもまた、彼女のいいところだとは思う。けれどその優しさは、桐野さんが秘密にしたがっている魔法を知られてしまう原因でもあるのだ。そしてそれが知られるということは、身の安全も脅かしていくだろう。
学園なら、学園ならきっと守ってもらえる。利用することもなく、魔法というものをなかったものとして見てくれるはずだ。あの学園長のこと。使って増えるリスクがあるなら、使わない方を選ぶ。……多分。
つらつらと真剣に考えていると、突然手が強く握り締められた。はっとして振り返れば、そこには不安そうな桐野さんがいる。
「竹谷くん、ちょっと痛い」
「あ、す、すみません」
考えているうちに力が入ってしまっていたらしい。握っていた手の力を少しだけ緩める。
「……あの、桐野さん」
周りに変わった気配はない。もしかしたらさっきの違和感も自分の勘違いかもしれない。けれど一度考えてしまえば、言わずにはいられなかった。
「学園に言いませんか?」
「……へ?」
「桐野さんの力のことです」
きょとんとした表情で瞬きを繰り返される。多分突然の提案に頭が着いていかないのだろう。当たり前だ。俺からこんな話をしたのなんて、これが初めてなのだから。
「えっと、どういうこと?」
「正直、隠し続けるのが限界だと思ったことはありませんか。もしくは大変だと、使わずにはいられないと感じたことは?」
きっと何度も考えているはずだ。きり丸を助けたと時だって、自身が危険に晒された時だって。解決できる能力があるなら、人間はそれを使いたいと思うのが普通だから。
「……っ」
図星だったのだろう。桐野さんは言葉を発しようとして、けれど声にはしなかった。
「もしそう思ったのなら、そろそろ限界なはずです。桐野さんは優しいから、自分で解決できることがあればしてしまうでしょう」
「わ、たしのは、優しいんじゃないよ。ただ自分の目の前で、知っている人が困ってたりするのを見ていたくないだけだもの」
「それは、十分優しいんです」
こんな時代だ。みんな自分のことで精一杯で、他人のことなんて構っている暇も余裕もない。どうしようもなくなったら切り捨てることも厭わない。そうしなければ、自分が生き残れないから。
「ずっと心配ではあったんです。桐野さんの力は人を引きつけるし、何よりその効果自体が絶大だ。もしかしたら利用しようと考える人もいるかもしれない」
普通に学園外で関わっていく友人なら、多分こんなことは思わなかった。でも桐野さんだから。出来るなら俺の知っている場所で、安全に暮らしてもらいたい。学園なら元の世界に戻る方法の情報収集だって問題なく出来る。先生方だって協力してくれるかもしれない。
「……竹谷くん、あの、私はね」
「はい」
「自分の力のことで怪しくなったら、この町を出ようとは考えてたんだ」
桐野さんの言葉に歩くのを止める。一応辺りに気配がないのを確認して、彼女に向き直った。
「何ていうのかな。元々魔女って、私の世界でも歓迎されてないところは多いの。大体が悪役だったり、そういうね。魔女狩りっていう大々的な狩りが行われたことだってあった」
落とされた視線が、何かを考えているようだった。
「勿論私の生活してる時代はそんなことないんだけど、やっぱり自分と違う力を持ってるっていうのは怖いことなんだと思う。魔女狩りに賛同するわけでもないし、それに巻き込まれて亡くなった人もいるのは許されるべきことじゃない。でも、」
桐野さんと目が合った。
「私は普通の人から生まれた魔女だから、持っていない側の人間の気持ちを考えることがあるの。私なら魔法使いを、きっと怖いと思う。火に炙られても平気で、自分の理解できない力を使って」
「……はい」
自分もおそらく、何も関係ないところから桐野さんの力を見たら怖いと思ったかもしれない。
「竹谷くんが怖がらずに興味を持って、協力してくれてるっていうのが不思議なくらいで」
「俺は、俺は桐野さんを知ってます。どんな人かも、その力の出所も……それに、助けてもらってますから」
人となりを、その力を振るう理由を知っていれば、怖がられることは格段に少なくなる。けれどそれは関わらなくてはならないということだ。多少なり時間を掛けて信頼を築かなければならない。
「竹谷くんの先生だし、きっと信頼できる人だとは思う。でも、やっぱり、平気だとは言い切れないでしょう。私はその人を知らないし、その人たちも私を知らないんだから」
「学園には知られたくないってことですか?」
少し桐野さんは考えて、それから微かに頷いた。
「ごめんね。竹谷くんが心配してくれてるっていうのは分かる。でも私は、変かもしれないけど、ばれるのと教えるのとでは全然違うっていうか」
一生懸命自分の考えを伝えようとする桐野さんを、少しだけ気の毒に思う。多分彼女は、教えることで壊れるかもしれない関係が怖いのだ。言って壊れてしまったら、教えたことを後悔する。けれどもし「ばれて」関係が崩れてしまったなら、「仕方がなかった」と諦めることが出来るかもしれないから。
「……分かりました。でも、ばれそうなのは事実なんですよね?」
「矛盾してるのは分かってます。教えるのは嫌なのに、知られるの承知で魔法を使うってところは私もおかしいと思う」
「いや、何となく言いたいことは分かります。桐野さんが嫌だと言うなら、俺もこれ以上は進めません。でも、一つだけ約束してください」
これは俺が勝手に、心配して提案したことだ。本当は桐野さんに約束しなければならない義理なんてない。
「困ったことがあったら、絶対に言ってください。それと、……この町を離れるときは、俺に教えて欲しいんです」
義理なんてない。でも、桐野さんがこれを断れないのを俺はわかっている。分かった上で言っているのだ。
「わ、かった。きっとまだ迷惑掛けるかもしれないけど」
忍に色恋は厳禁。節度を保てば構わないんじゃないかと理解できなかったけれど、今はそれが少し分かる気がする。
自分に出来る限り大事にしたい。でもそれは、自分の手の届く範囲でのことだけだ。知らないことがあるのが嫌だ。居なくなってしまうのが怖い。
世界が違うのは理解できているのに、どうしてこうも気持ちがついていかないのだろう。三郎に言われたとおり、これは相当入れ込んでいる。


今更気がついても、抜け出す手段なんてないけれど。


...end

気に掛けて大事にしてあげたいから、気にせずにはいられない大事なものへレベルアップ。
20130324
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