「素人の私にアドバイスなんて出来ないね。思った以上に女の子だよ?」
それは恐らく、本心で言ってくれたのだろう。桐野さんはそういうことで嘘をつくとは思えないし、結構顔に出る人だから。
それでも何かと食い下がる俺に、彼女は少し考えて、それから教えてくれる。
「んー、竹谷くんの外見に合ったキャラ設定でいくか……」
そうしてふと思いついたように笑って、こう言った。
「初めは、竹谷くんが可愛いなって思う子を真似してみればいいんじゃないの?その子を思い出しながら成りきってみるとか」
「……やってみます」
その時の演じ方は、それはもうひどいものだったけれど。



「はあー」
ため息をついて教室の机に突っ伏した。
昨日の桐野さんの前で見せた情けない姿をなかったことにしてもらいたい。むしろあんなことを相談しに行った俺自身を、今から過去に行って叩き潰したい。じわじわ来る恥ずかしさに頭を掻き毟る。
「あああああ」
「八左ヱ門、何かあったの?」
「痛んだ髪が余計酷くなるぞ」
上のほうから聞こえてくる声は、恐らく雷蔵と三郎だろう。俺はそれに頭を上げずに手を前方へ投げ出した。
「なんでも、ない……」
桐野さんに女装の相談をしたなんて言えるはずがない。そもそも毎回三郎たちには変装のコツは教わっているのだ。今更素人に聞いたなんて知られたら、それこそ本当に呆れられてしまう気がする。
「なんでもないなんて、そんな顔してなかったよ?」
「そうそう。忍としては最低なくらいに顔に出てたぞ。……大方、変装の授業のことだろう」
とんとん、と慰めるように肩を叩かれて、重い頭をゆっくり上げる。そうだ。俺は自分のやった行動に身悶えている暇はないのだった。
「山田伝子さんの数回に渡ってのマンツーマン授業だ。そりゃあゲッソリはするかもしれないけど、前よりマシにはなってるんじゃないか?」
三郎の声は心底楽しいです、とでもいうように弾んでいる。普段だったら言い返すところなのだけど、そんな気力がこの時点であるはずがない。きっと代わりに雷蔵が睨みを利かせてくれるだろう。
「そもそも八左ヱ門は四年までは合格点もらってたんだし、その時と変わらないようにすればいいんじゃないの?」
「まあすでにギリギリではあったけどな」
確かに雷蔵の言う通りではある。たった数ヶ月前には、ギリギリとはいえ合格点はもらっていたのだ。なのに今はこの体たらく。情けない。
変装の授業は年々難易度が増してくる。それでもここまで残った忍たまはそれをクリアしていくものだし、自分もそうなると思っていた。多分何かが足りないのだ。どうしても、何かが。
「八左ヱ門、何度も言ってるけどな。お前の女の仕草が、どうしてもどこか胡散臭いんだよ。狙い過ぎっていうか、こう、人に警戒心を抱かせるくらいには」
三郎は相談する度に言っていたことを、また繰り返す。
「だからそれが分からねえんだって。同じように動いてたって、駄目なやつとそうじゃないやつがいるだろ?」
こちらもその都度返してきたことを口にする。もうそろそろ常套句だ。
くのたまを真似するのは、男である自分が怖いと思うから無理。変装のうまい立花先輩や三郎を真似ても、違うと首を振られてしまう。勿論変装などの技術自体に差が有ることは分かる。けれど原因はそれではないと、山田先生……ではなく、伝子さんに言われてしまった。
「全然理解できねえ……」
「うーん、その辺りの感覚は、自分で分かるしかないもんね」
隣で雷蔵も悩み始める。
「……なら八左ヱ門、」
ふと、三郎が妙な形に口元を歪めた。
「私が今から質問する。答えなくていいから、頭の中で想像してみろ」
「は?」
「いいから」
正直そんな表情の三郎には関わりたくはない。これは絶対に、ろくでもないことを考えているときのものだ。
「まずそうだな、くのたま達を想像しろ。誰でもいいけど、出来れば因縁深いやつを」
三郎にそう言われてしまえば、頭には勝手にくのたま達が浮かんでくる。そのメンバーに、思わず身体を震わせた。
忍たまは入学してから幾ばくかも経たないうちに、くのたまの恐ろしさをこれでもかと教えられる。それは忍を目指すに当たって、くのたまというものを本能的に警戒しろという感覚を覚えさせるためのものだ。しかしあれはやりすぎだと思う。絶対にそう思う。
「思い浮かべたか?なら今度は、そいつらが団子を持って自分に差し出している姿を、」
「絶対に毒じゃねーかそれ!!」
三郎は話の途中だが、正直自分にはこれが変装の授業の役に立つものとは思えない。
「まあ落ち着けって。そう思うのは何でだ?」
「そりゃお前、相手はくのたまだし、今までのこともある」
「今度はそれを、町娘に変えてみろ。そうだな、行き付けの茶屋の娘でいい」
聞くつもりなんてなかったのに、ここまできてしまえば三郎の言う通りにするしかない。というか、これが何の関係があるんだ?
「八左ヱ門はどう思う?」
「あー特には。まあ嬉しいかもしれねえけど」
「突然だぞ?そこそこ話す仲でも、突然。普通は何が裏にあるか疑うだろ」
「確かにそうかもしれ……何が言いたいんだよ」
悩んでいる雷蔵の横で、話は進んでいく。それでもその話の着地点がさっぱり見えなくて、俺は少し強めに三郎を睨む。
また、三郎が口元をにやりと歪める。ぐいっとこちらに顔を近づけて、教室の喧騒に紛れさせるように、そっと言葉を吐いた。


「それが、桐野あやめさんだったら?」


言われたことを理解した瞬間、「どうしてここで桐野さんが」とかそんな文句が出るよりも先に、頭の中が勝手に映像を切り替えた。
笑って団子を突っ込んでくる姿。なんでもないようにこちらの髪をなでる仕草。魔法を語るときの、どこか辛そうな表情。
じわりと頭に熱が広がる。
「そ、れが、変装で、一体何が関係、」
「あるだろう。自身の気持ちの在り様で、そこまで反応が変わるんだ。忍びでないものなら余計」
俺から離れた三郎は、こちらの反応を観察しながら話を続けた。
「八左ヱ門は仕草の使い処が少しずれてるのさ。だから違和感がつきまとう。そこを理解できりゃ、また合格はもらえる。どうだ?」
「り、理解は、出来た、気がする」
「……しかし、」
三郎がため息をついた。理由は分かる。自分自身でも、どうしてこんな反応をしたのか問い詰めたい。原因は分かっているにしても、まさかこんな分かりやすく出るなんて思いもしなかったのだ。
「お前どうするつもりなんだ。身元不明の人間に入れ込むなんて、」
わざわざ言われなくても分かっている。
桐野さんはこの世界ではない、俺には手の届かない人だ。それでも彼女は関係なしにこちらに手を伸ばして、教えを、関わりを請うから。嵌り込むであろうというのは、初めの頃に何となく気がついていた。
「それとも八左ヱ門はあの人が何かを知った上で」
「竹谷先輩!」
普段の五年ろ組の教室にはない声が、俺の名前を呼ぶ。はっとしてそちらを見れば、そこには居心地悪そうにきり丸が立っていた。
委員会の先輩である雷蔵ではなく、自分。何となく桐野に関しての話なのだろう。幼くなってしまった話は、その本人から聞いている。それをきり丸が側で見ていたということも。
「ちょっといいですか?」
「ああ、そっちに行く。三郎、感謝する」
「……話は終わってないけどな。後輩が呼んでるんだ。さっさと行ってやれ」
半眼でこちらを見上げる三郎は、肩を竦めた。雷蔵は悩んでいるうちに寝てしまったらしい。
きり丸のこのタイミングに感謝しつつ、何も言えないことを少し心苦しく思う。きっと三郎たちだって心震わせる。桐野さんの力は、そういうものだ。


...end

「あの、ちょっと手伝って欲しいバイトがあるんですけど」
「俺でいいのか?」
「はい。出来ればその、あやめさんも」
20130312
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