「それにしても桐野さん、本当に何でも出来ますね」
感心したように言う竹谷くんは、私の勧めるままに団子を頬張っている。男の子なのにその仕草が可愛いとはどういうことだろう。けしからん。
「でも魔法も万能ではないよ。特に私なんて、苦手なものはさっぱりだし」
癒しとか癒しとか癒しとか。
「いえ、俺たちからしてみれば、それは何でもの部類にだって入りますって。……女の人に変化できるものもあったりするんですか?」
思わずといったようにこぼれた竹谷くんの言葉に、私はなんとなく違和感を持つ。こうやって特定の効果のものを尋ねてくるのは結構珍しい。
「あ、いや、なんでもないです。今のは忘れてください」
本当に思わず口にしてしまったようだ。
「どうして女の人限定?」
「……」
竹谷くんは少しの間、言おうか言うまいか迷っているようだった。私には言いにくい内容なのだろうか。教えてはならない内容なら竹谷くんはしっかり拒否するだろうから、そういったものでもない。
「へ、変装の授業があるのは知ってますよね?」
「うん、聞いてる聞いてる」
「その中で女装があるのも知ってますよね?」
「……うん」
なんだかだんだん分かってきたぞ。
「物凄く情けないことなんですが、その、成績があんまり……かなり良くなくて。補習が、補習が終わる気配を見せないんです」
「ああ、」
思わずなんとも言えない返事をしてしまった。
頭を抱えて唸る竹谷くんを改めて眺める。背はそこそこあるし、体格も悪くない。肩の辺りはいまだ少年の面影を残しながらも、女の子と比べてしまっては差は歴然だ。
これで女装か。私の時代なら「ああうんいいと思うよ。笑いは絶対にとれる!」みたいな感じかもしれない。
ただ一つ問題なのが、今の私にはそれがリアルに想像できないということだ。そこそこの期間付き合って、私自身が竹谷くんを好ましく思っている。お世話になっているし、元の世界で関わっていてもきっといい友人になっていただろう。
だからなのか、想像してもそんな悪くないように感じるのだ。むしろ見てみたい。猛烈に見たい。仙子さんとはまた違った良さがあるんじゃないか、なんて。
「桐野さん?」
「……見てみたいなあ、竹谷くんの女装」
今度はうっかり私の口が滑った。竹谷くんはきょとんと私を見た後、かっと頬に血を上らせる。
「な、何言ってるんですかっ」
「あ、ごめん。つい本心が」
「本心って何ですか、本心って!」
照れているのか、ほんのりと頬を染めてそう反論してくる竹谷くんは可愛い。どこをどう見ても男の子なのに。
「……やっぱり見てみたいかも」
そうつぶやきつつ何となく手を伸ばす。竹谷くんは一瞬肩を揺らしたけれど、避けるようなことはしない。それをいいことに、そのままそっと前髪辺りを撫でてみた。
「私は変装のことなんか分からないけど、一応これでも女だから。おかしなところがあれば、教えてあげられると思うなあ」
「っ」
あ、迷っている。多分成績が相当危ないのだろう。補習のループのようなことを言っていたし、その変装だけに時間を割くわけにもいくまい。でもこういうことって、同じクラスや学年の子に聞くことは出来ないのだろうか。内容が内容だからしづらいとか?
「笑ったり、しないでくださいね」
あ、折れた。


さすがにその変装は外では出来ないので、宿の中で見ることになりました。部屋に入る際に竹谷くんは少し躊躇したけれど、一度深呼吸してすぐに足を踏み入れる。
「じゃあ、どうぞ!」
「……最初はむこう向いててください」
「はーい」
言われた通りに竹谷くんに背を向ける。立花くんのように、くるりと回って一瞬で変装ではないのだろう。でもあれ、どういう仕組みなんだろう。どう考えても魔法でも使わないと出来ない芸当な気がするんだけど。
「桐野さん、大丈夫ですよ」
「はー、」
呼ばれたので、返事をしつつ振り向いてみる。そこで思わず固まってしまった。見るに耐えないとかそういう驚きではない。考えていた以上に普通っぽかった。勿論体格や顔つきの問題はあるけれど、私的には大いに有りだ。
「どうです?」
「や、普通に可愛いよ。背が高めの女の子ではあるけど、十分……あ、でも仁王立ちはないかな」
「あ」
竹谷くんはさっと姿勢を直す。
化粧の仕方も習うんだろうか。表情を見つつ近寄ってみると、竹谷くんは耐え切れないと顔を隠してしまった。
「あ、なんで隠すの」
「どうしてそんなに寄るんですか!」
「だって見えないじゃない!」
隠した表情を覗き込もうと、竹谷くんの手首を掴んでみた。彼の(今は彼女だが)耳が赤く染まる。なんだか嫌がる女の子に無体を強いている気分だ。
「だからっ」
調子に乗っていたら、反撃を受けた。竹谷くんの手首を掴んでいた手を取られて押さえ込まれる。年下とはいえ手の大きさも、力も桁違いだった。
「あ、」
二人で至近距離で見詰め合って、そうしてお互い我に返った。
「あ、す、すみません!」
「私こそ、相談なのにふざけてごめん」
我に返って土下座でもするんではないかという勢いの竹谷くんに、思わず笑ってしまったのは仕方がないことだと思う。


...end

竹谷には誠実であって欲しい、という願望。
20130308
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