「な、なななな、」
「作兵衛、もっとはっきり話せよ」
「ま、孫兵、早く離れろ!食われるぞ!!!」
「作兵衛、うるさい」
私の姿に驚いた少年の扱いがなかなか雑で、お姉さんは涙を禁じえません。
ようやく私の虎の姿を認識した少年は、それはもう、分かりやすく動揺した。忍者らしく一気に飛びずさって、こちらと距離をとる。それを次屋くんは相変わらず何を考えているか分からない表情で見て、孫兵くんはまたか、と言いたげに私を撫で続けていた。
「この虎は大丈夫だよ、作兵衛。僕の知っている虎だから、人を襲ったりしないから」
「そーそー、おれも知ってる」
二人の言葉に、少年作兵衛くんは勢い良く首を横へと振った。そうしてぎゅっとこぶしを作って力説し始める。
「何言ってんだ。爪だって牙だってあるじゃねぇか!気まぐれでぱくっざくっとやられないなんて、一体どこにそんな保障があんだよ」
尤もな意見だろう。でもこちらに危害は加えるような様子はないし、孫兵くんも気にしていないようだから、私に害はないのだと思う。むしろ私が如何に危険か二人を一生懸命説得しようとしている作兵衛くんが心配だ。心労で倒れたりしないだろうか。
「あのな、作兵衛。この虎は竹谷先輩も知ってるし、一応七松先輩だって触ってるんだ」
「……それは七松先輩だからじゃないのか」
真剣な作兵衛くんに、思わず頷いてしまった。七松暴君こわい。するとそれが分かったのだろう。孫兵くんは少し困ったような表情で私と向き合った。あ、なんだか嫌な予感しかしない。
「この実習、六年生と合同なんです。本当は五年生だったらしいんですが、都合が悪かったみたいで」
(!!!)
それは以前と同じようなシチュエーションなのだろうか。まさか、あの、七松氏が監督とかいう。
さっと身体を起こして辺りに気を配る。あんな存在感がある人間がいるなら、野生でない私にだって気がつくことが出来るだろう。
「……なんか、七松先輩がトラウマみたいになってねーか?」
次屋くんがポロリとこぼしたが、まさにその通りだ。ついでにもう一つ理由がある。七松小平太という男は、随分直感が鋭そうな印象を受けた。正直その手の人とはあまり関わりたくない。
人と虎をイコールで結びつけることは「普通は」考えないが、そういう勘に強い人はそんな常識も飛び越えたところに行き着くことがある。それを誤魔化せる自信も、技術も私にはないのだ。
「じゃあ早めにここを離れた方がいいです。この辺り、学園の人が結構いると思うので」
「あ、そういや左門たちは?」
孫兵くんの言葉に少しかぶせて、次屋くんが言った。おい少年、それは今必要なことなの?
すると少し離れたところからこちらの様子を伺っていた作兵衛くんが、かっと怒り出す。
「左門たちは?じゃねぇだろ!おれたちはお前たちを探してたんだよ!!どうして実習に来てまで迷子の捜索しなきゃならねぇんだ!!!」
「はあ?何言ってんだ、先に作兵衛たちがはぐれたんだろうが」
「おっっまえなあ!」
二人のとても不思議な会話に、思わず孫兵くんに目配せする。すると彼は慣れたように説明してくれた。
「次屋三之助は無自覚の方向音痴なんです」
(無自覚……ああ、何となく分かった)
というか無自覚の方向音痴って、なかなか強敵なんだろうなと思う。自覚していたら動かずに誰かを待つことも出来るだろうが、自覚がないんじゃ自信満々に動き回ってしまうに違いない。現に次屋くんは、あっちいったりこっちいったりを繰り返していた。
「じゃあまだ左門たちが迷子なんだな!よし、探しに行こう」
「頼むから三之助はそこから動くな!!」
嬉々として走り出そうとした次屋くんの腰紐に、私はまた上手く爪を引っ掛ける。引っ掛けられた本人は前につんのめった。しかしそこは忍者だろうか。転んだりはしない。
「……そうやって三之助を連れてきたんですね」
孫兵くんはそれで全てを悟ったのか、感心したように言ってくれた。本当だよ。凄く重労働でした。これは褒めてもらってもいいと思う。
「なにすんだよ」
しかし止められた本人である次屋くんは、理由はさっぱり分かっていないようだ。心底不思議そうに私を見ている。
「三之助がまた一人でどっか行かないようにしてるんだよ」
「別におれは、」
「あーーーーっ!!!」
その嬉しそうな叫び声に、私の背筋が震え上がった。この、この声はまさか。
「あ、七松先輩」
次屋くんがなんでもないようにその声の主を呼ぶ。思わず引っ掛けていた爪を外してしまった。というか、どうして気がつかなかった。あ、そうだ。七松氏も忍者だった!!気配を消すことなんて朝飯前に違いない。
「竹谷の虎!」
さっと声のした方向を見れば、そこには仁王立ちしながら目をキラキラさせている七松氏。ひい。
これは即逃げた方がいいと脳内会議を一瞬で終わらせると、その考えが読まれたのかなんなのか、ものすごい勢いで彼は近づいてきた。
「逃げるな逃げるな!私はお前に会いたかったんだ!!」
(私は会いたくなかったでーす!!!)
お前は本当に人間なのかと問いかけたくなるほどのスピードで七松氏はやってくると、そのまま私に抱きついてきた。ふと思ったんだけど、この人私より獣っぽい。
「竹谷は全然会わせてくれんし」
(あわわわわ)
「あれから裏山で会うこともなかったし」
(ひいいいい)
「もっふもふで大人しくて可愛いな!」
(ぎゃああああ)
嫌でも傷つけるわけにはいかない。抱きつかれ撫で回される間硬直していると、慌てて孫兵くんがストップをかけてくれる。
「七松先輩、やめてください!怖がってるじゃないですか!!」
無理矢理七松と私の間に身体を捩じ込んで、庇うように立ってくれる。頼りになりすぎて、どうしていいか分からない。今度人の姿で会ったら、お礼してあげるからね。
「なんだ、お前私が怖いのか?」
そう問いかけてくるものだから、思わず思いっきり頷いてしまった。反射である。
隣りに立っていた次屋くんが吹き出すのが分かった。孫兵くんは一生懸命七松を阻止しようと腕を広げている。ジュンコちゃんもしゅーしゅー言っていた。
一応拒否したのに、七松は大層嬉しそうだ。それ以上近づいてくることはなかったが、満足そうに腕を組んだ。
「な、言った通りだろ。こいつは私たちの言葉を理解しているんだよ、長次」
七松に気を取られていて全く気がつかなかった。初めて見る、深緑の忍者服の人。
こう言ってしまってはアレですが、顔に迫力(傷とか)があってちょっと怖いです。に、逃げ出したい。


...end

長次登場。
20130127
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