次屋三之助を止めるには、爪を上手く腰紐辺りに引っ掛けるしかなかった。
「何だよ、ジュンコ届けるんだろ?」
腕にジュンコを持った次屋くんが、私を不思議そうに見てくる。少年、確かに私はそう言った。だがさっきから、どうして私が示した方向と全く逆の方へ行こうとするんだ!!
仕方なく、もう一度背中を押して方向転換させる。声が聞こえるのは向こう!と押しやるが、やはり、次屋くんが進む方向は逆だ。
「こっちのような気がする」
(違うって言ってんでしょおおお!!)
言ってはいないが、行動では嫌と言うほど示している。え、何なのこの子。わざとなの?するとジュンコちゃんが気の毒そうにこちらを見ているのが分かった。その目は何故か、諦めろと言っているように見える。どういうことだ。
「じゃあこっちかな」
(はいそれも違います!!!)
進行方向で通せんぼして、次屋くんを止める。この子もしかして、迷子なんだろうか。そういえば、一人でいるのもおかしい。周りに人はいないようだし、この突っ走る感じからしてはぐれたんじゃないだろうか。
「なんだよ、どうして邪魔するんだ?やっぱり孫兵に会いたいのか?」
だがしかし、本人はこの有様だ。自分があらぬ方向へ進もうとしていることが、いまいち理解できていないらしい。多分次屋くんは、自分の信じた道を突き進んでしまうのだろう。たとえそれが間違っているものだとしても。うーん、問題だ。
勘違いされてよしよしと頭を撫でられる。次屋くんの足元に大人しくとぐろを巻いているジュンコちゃんは、もうなんか、動く様子もない。
「なら一緒に行こう。実は、みんな勝手にどっか行っちゃったから、どうしようかと思ってたんだ」
(……勝手に行っちゃったのは、次屋くんじゃないの?)
突っ込みたいが、動物もどきのままでは突っ込み出来ない。思わずジュンコちゃんに同意を求めると、彼女も小さく頷いてくれた。やっぱ次屋くんおかしいよね!ジュンコちゃんのその理解力もおかしいけど!!
「よし、ならあっちからな」
再びおかしな方向へ進もうとする次屋くんを止める。そうして私は、彼をひとりで行かせることを諦めることにした。日が暮れても彼らの同行者に合流できそうにないからだ。
「向こうじゃね?」や「あっちな気がする」などと横道に逸れる次屋くんを必死で方向修正しながら、孫兵くんの声を匂いを辿っていく。進むうちに人の足跡や通った後も増えてきた気がする。出来ればこの辺りで、次屋くんを知っている人に見つかるといいのだけれど。
ジュンコちゃんは大人しく私の背辺りにくっ付いていると思う。多分。
「あ、向こうから孫兵の声が!」
(明らかに方向そっちじゃないでしょおおお)
次屋くんがどうしても、行かねばならぬ方向へ進んでくれません。確かに孫兵くんの声は聞こえているはずなのに、どうして来た道を戻ろうとするんだろう。まさかワザと?ワザとなのか?
ここまで来ると止めるのも方向転換も慣れてきてしまう。腰紐に軽く爪を引っ掛けて、次屋くんを引き寄せた。
「おおおお、お?」
不思議そうに声を上げる彼は放っておいて、今度は頭でぐいぐい押していく。
「え、あっちじゃないの?」
代わりに背中のジュンコちゃんが、シャッと短く否定してくれた。と思いたい。
「ジュンコー、どこ行ったんだージュンコぉぉぉ!!」
随分近くまで来てしまった。こんなところで会うなんて、孫兵くんもびっくりだろう。もし可能なら、顔を合わせず帰ってしまいたい。だって気まずい。知らぬところで虎の姿で会うなんて、孫兵くんの勘違い(動物もどきが本体である、とか)をさらに冗長することになりそうだし。
だがそんなこと、次屋くんには関係あるはずもなくて。
「あ、まごへーい!ジュンコいたぞー」
この辺り一体には届くのではないかという声で、孫兵くんを呼んでくれた。
「ジュンコ!?」
ぱっとこちらへ振り向いた孫兵くんは、恐ろしい勢いでこちらへやってきた。そうして途中で私のことも目に入ったのだろう。驚いたように目を見開く。けれど駆け寄ってくるスピードは緩まない。
「ジュンコ!それに……、」
さすがに私の名前は口にしなかった。けれど一目散に駆け寄ってきて、躊躇いもなく私の頭に抱きついてくる。
「やっぱり白に赤は映えますね!!」
私の頭の上でジュンコちゃんとの再会を喜びつつ、そんなことを言ってくる。ジュンコちゃんは大人しく孫兵くん定位置(首)に戻ったようで、次屋くんが「良かったなージュンコ」と笑っていた。私からしてみれば、迷子になっていた次屋くんも変わらないからね。ジュンコちゃんと迷子の次屋くんを孫兵くんに渡して、私の任務は達成だ。
虎の額辺りに頬擦りしようとする孫兵くんへ、いったん離れるように促す。その首にジュンコちゃんがしっかり巻きついているのを確認して、今度は私から頭を擦りつけた。
「三之助ー!!おめぇ方向音痴もいい加減にしねぇか!!!」
あれだけ大きな声で孫兵くんを呼べば、確かに人は来るだろう。孫兵くんと次屋くんと同じ色の忍者服をまとった少年が、怒り心頭でこちらへ駆け寄ってきた。どうやら私がいることに気がついていないようだ。いや、気がついていないというより、気にしていないのか。
「あ、作兵衛、お前こそ一体どこ行ってたんだよ。すげー探したんだぞ」
「それはこっちのセリフだ!先輩たちにまで迷惑掛けやがって、探す身にもなってみろってんだ」
全身で怒りを露わにする少年は、のんびりと構える次屋くんに余計に怒り出す。
うん、そうか。これで分かったよ。次屋くんは迷子な問題児なんだね。自分が迷っていることに自覚がないなんて、恐ろしく厄介な人種だと思う。
孫兵くんもそのやり取りを見ているが、こちらは特に慌てることもなく慣れた様子だった。多分こんなことは日常茶飯事なのだろう。この少年の苦労が垣間見える。
私はとりあえず、これからどうするか考える。こうなってしまえば、出来るだけこの少年を驚かさないようにしてあげたい。こんな大きな生き物が突然俊敏に動いたら、私なら絶対に攻撃態勢に入る。
でもよくこっちが気にならないなあ。本当に気がついてないのだろうか。むしろ、気がついた上で問題ないと思っているのだろうか。もしそうなら将来は相当な大物になるに違いない。
孫兵くんはそんな少年と次屋くんのやりとりに飽きたのか、私の喉辺りをくすぐり始めた。おい、ゴロゴロするぞ。
「大体孫兵も孫兵だ。ジュンコがいなくなって心配なのは分かってるけどな、せめてひとこと、」
少年がこちらを見た。
「言って、から……」
目を見開く。
「!!!!!!!!!!!!」
声にならないって、まさにこういう状態のことを言うのだろう。


...end

作兵衛の精神的ストレスは測りきれない
20130120
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