この世界にきて数ヶ月。私は未だ、帰れる気配がない。同類である魔法使いが探しに来る様子もなければ、自分がどうしてここに飛ばされたのかすら分からない状態。完全に八方がふさがっている。
今度調べる時には伝説的なものにも手を出してみよう。神隠しとか、そういう類の。
そしてこの帰れない、というのはなかなか辛いものだ。生活はほぼ問題なく出来ているはずだが、これがいつまで続くか分からないというのは、精神的に負担が掛かる。
時々遊びに来てくれる孫兵くんやきり丸くんと多少の気分転換は出来るが、基本は一人。竹谷くんは最近忙しいようで会っていない。
だからこそ。だからこそ、こういうストレス発散方法は必要だと思うんです。



人里離れた森の中。ある一角に人避け魔法を掛けて、動物もどきの調整をすることにした。ほら、折角走れるようになったのに、長く使っていないせいで振り出しに戻るのはごめんだ。……というのは建前で。
このホワイトタイガーの姿で駆け回るのは、結構気持ちがいい。そこそこ力強い手足を使って地を蹴って走るのも、動物ならではの反射や能力で森の中を感じるのも。動くもの(兎とか、大きいものでは狼。熊はお互いに威嚇してフェードアウト状態)を少し追いかける練習なんかもしてみている。追いかけられるほうはたまったものではないと思うが、食べたり傷つけたりするわけではないから許して欲しい。
最近はお気に入りの花畑を見つけて、そこで思う存分遊ぶことにしていた。人の手も加えられていない、天然の花畑。勿論一種類だけではないから、様々な色で埋め尽くされている。川が近いのもあって、そこそこ大型の動物(鹿的な)が来るのを観察するのも面白かった。
(しかしこうやって動物もどき続けてると、そのうち虎の方に本能が引っ張られるなんてことないのかな)
教科書にそんなこと書いてなんかないが、世界でも本の一握りしか出来ない魔法だ。使い続けているうちに、なーんてことがないとは言い切れない。
そんなとりとめも無いことを考えながら、花の上をごろごろ転げ回る。今日は天気もいいから、ひどく気持ちがいい。このままウトウトしたら不味いだろうか。
花と草の匂いに包まれて睡眠の欲望に負けてとろりとした瞬間だった。がさりと草花を掻き分ける音がした。
(!!)
驚いて身体を起こすも、辺りに動く影はない。だが確かに音はする。小動物か何かだろうか。見えないことには何もいえないが。
大きな身体でごろごろしていたせいか、自分の周りだけ草花の背が著しく低くなっている。その為近くに来れば、その音の正体が分かるはずだ。
耳を澄まして方向を見定め、草木の動きを確認する。こういう時、動物というのは本当に便利だ。人間では気がつかないであろう変化も、手に取るように分かる。そしてその動く草の間から出てきたのは、意外な生き物だった。
真っ赤な蛇。
(げっ)
思わずその生き物から距離をとった。こんな大きな身体をした虎と言えど、毒には弱い。と思う。食らったことがないから分からないが、恐らく効果はある。
色的には孫兵くんのジュンコちゃんにそっくりだが、さすがに彼女がこんなところに居るわけがない。となれば、これは正真正銘の毒蛇だ。
……気のせいだろうか、蛇が首を傾げるような仕草をした。首を、傾げる?
その蛇の動作に普通でないものを感じ取った瞬間、遠くで聞きなれた声がしたような気がする。目の前の生き物を驚かさないように首を上げて、その声を拾う。もしかしたら。
「ジュンコー」
孫兵くんの声がした。本物だったようです。というか(多分)ジュンコちゃん。どうしてこんな、忍者の学校から距離のあるところにいるの。
思わず虎の姿のままで、がっくりと肩を落とした。するとそれがジュンコちゃんにも伝わったのだろう。もう一度、今度は反対側に首を傾げられてしまった。何てことだ。可愛い。
だがこれはどうするべきだろう。孫兵くんの声は遠いが、ジュンコちゃんは確かにここに居る。届けてあげるべきなのだろうけど、正直彼が学校内のこんな遠くに一人で居る可能性なんて恐ろしく低い。
先生か上級生が、この前のように実習だかなんだかの監督をしているかもしれないのだ。下手に遭遇して攻撃を受けるのは御免だし、人に戻ったとしてもそれは変わらないだろう。そもそもこんなところにあやめがいたら不味い。
でもこのまま知らん振りするのも嫌だ。少なくともジュンコちゃんはこの虎を不思議がっているように思える。……そういえば、孫兵くんの言葉は理解している節があった。ならば彼が、私のことを話していてもおかしくはない。それを理解できているなら、ジュンコちゃんの知能レベルがおかしいことにはなるけれど。
そんなことを考えているうちに、ジュンコちゃんは私を敵ではないと結論付けたようだった。するすると側に寄って、足から身体を這って伝ってくる。本当なら悲鳴の一つでも上げて飛びずさりたいが、潰してしまったら一大事なのでそれは出来ない。
(この、究極の選択!!!)
だがそうも言っていられなくなった。孫兵くんの声が遠くなる。どうやら探す場所を移動するようだ。不味い。本格的にジュンコちゃんが行方不明扱いになる。
逡巡して、私の頭はジュンコちゃんを届ける判断を下した。彼女は孫兵くんの大事な恋人。預かるというのは私の手にも余る。
ジュンコちゃんが私の頭上に上手い具合に落ち着いた。毛だらけで掴まりにくいだろうに、どうやってバランスを取っているかは謎だが、まあ、落ちなければなんでもいい。孫兵くんを追うために、そこそこの早さで、振り落とさないよう走り出す。
孫兵くんの声はするから、どこにいるかは分かりやすい。けれど他の人の気配は、私は感じ取れるだろうか。初めの頃よりは動物らしいことが出来るようになったが、野生には多分遠く及ばない。
出来るだけ周りに気を配って、声を頼りに探す。そして何故か、孫兵くんとは別の男の子を見つけてしまった。
(この子は確か七松暴君と一緒に居た、)
名前は思い出せない。正直暴君の印象が強すぎて、色々吹っ飛んでいる。けれど絶対体育委員会の子だと思う。
しかも向こうも私に気がついたらしく、一度は思いっきり肩を揺らした。そうして忍者らしく木の上へ避難する。おお、虎の姿の私より軽やかである。
周りには誰も居ないようだし、私の頭のジュンコちゃんに気がついてくれないだろうか。彼が居る木の下で出来るだけ可愛らしくお座りして、頭上のジュンコちゃんをアピールする。虎で可愛らしくとかかなりシュールだが、仕方ない。食べようとか襲おうとか考えているわけじゃないよー、孫兵くん呼んでくれ。
「……あれ、ジュンコ?」
すると努力の甲斐あってか、彼は私の頭のジュンコちゃんに気がついたようだった。
「もしかして、この前孫兵と一緒に居た、虎?」
(そうそう!)
話せないが、一生懸命首を上下に振って肯定する。落とされそうになったジュンコちゃんがシャッと抗議の声を上げた。こわい。
「おれのこと覚えてる?次屋三之助」
今度は円を描いて回ってみた。名前は次屋と言うのか。うん、覚えた。
次屋くんは再びお座りした私を見て、降りるか降りないか迷っているようだった。でもとりあえず、こちらはジュンコちゃんを引き取ってもらえればいいのだ。
「孫兵に、ジュンコを届けようとしてる?」
今度はゆっくり首を左右に振った。そうではなくて、君に届けて欲しいんだって。じっと見つめる。話せないのは不便だ。人間に戻って話してしまいたい。
「……じゃあ、ジュンコをおれに預けようって思ってる?」
おお、伝わった!くるくる回って見せると、次屋くんはさっきの迷いなんてなかったかのように木から飛び降りた。やっぱり軽やかだ。
「本当に言葉が分かるんだなあ」
ぺたぺたと怖がる様子もなく私の耳の辺りを触る。この子は以前抱きつくという行動を起こしていたから、触るくらいはなんともないのだろう。胸の辺りに擦り寄ってあげれば、次屋くんは口元を緩ませた。ふふん、でっかい獣が懐くと可愛く感じるだろう。
「ん、分かった。ジュンコはおれが孫兵に届けるよ」
これで一先ず安心である。


...end

オチが見えている。見え過ぎてどうしようもない。
20130117
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