長居するつもりは無かったのに、土井先生の家で夕飯まで頂く流れになってしまった。おいしそうな雑炊と、きり丸くんの異様なプッシュに負けた。
「これがバイトのお礼ってことで!」と笑顔で言い放った後に土井先生に拳骨をもらっていたけれど、そのつもりで頂きました。安心したまえ、きり丸くん。
食べ終わった後は、宿に帰るだけだ。後頭部の痛みも気にならないほどになってきたし、そろそろ戻らなければ暗くもなってくる。この時代は街頭なんて便利なものは存在しない。完全に日が落ちる前に戻るべきだ。
「じゃあ、そろそろ……」
そう言って立ち上がろうとすると、その前にきり丸くんが勢い良く立ち上がった。
「オレ、送ってきます!」
「いやいやそれ帰りが心配だから却下」
「え、でもあやめさんを一人で帰すほうが心配ですよ」
「それそのまんまきり丸くんに返すね」
えいっときり丸くんの頬をつついてみせると、彼はむっと頬を膨らませた。お、怒らせたかな?
「あやめさん、強いっていっても忍たま一年は組の攻撃は避けられないし、簡単な罠にも引っかかるじゃないですか」
「ウッ」
思わず目を逸らしてしまう。それは確かに事実だ。事実だけど、それには理由があってだな。
「き、気をつけてれば大丈夫。全然問題ない!」
両方魔法のまの字も使っていなかったから仕方ないだろう。人間としての性能は、多分平均。この時代の人にとってはその平均もかなり下回る。
それにこんな暗い中帰宅するときは、がっつり守りの呪文やら人避けを掛けるつもりだ。それならば狙われることもないだろうし、万が一何かしらの攻撃を受けたとしても当たることもない。
「コンキョがないですよ、コンキョが!」
だがそれは説明できるものではないから、ちょっともどかしかったりする。
「あのね、私の宿に着いてから引き返す時間を考えてよ。その方が絶対に危険でしょう」
「女の人一人の方が危ないです」
「子どもの方が絶対に危ないって。昼の人攫い二人組みだって、子どもを狙ってたじゃない」
きり丸くんと不毛ともいえるやり取りをしていたら、いつの間にか他のは組の子どもたちに笑われていた。はっとして土井先生を見れば、彼もまた、小さく笑っている。な、なんてことだ。
きり丸くんはばつの悪そうな表情で唇を尖らせると黙り込む。私も自然と座り直して小さくなるしかなかった。
「わ、笑い事ではないですよ……」
小さく抗議してみると、土井先生は慌てて訂正した。
「あ、いや、これはその、決して笑いものにしているわけではなくて」
土井先生の表情が柔らかくなる。
「友人というよりは姉弟のようで、つい……」
その言葉に私ときり丸くんは同じタイミングでお互いの顔を見合わせて、少し首を傾げた。
「あやめさんって姉って感じはそんなにしないですよね」
「あっはっはっ、それは私の外見?それとも行動から言ってんの?」
本当に失礼だなきり丸くん。最近の君は歯に衣を着せなさ過ぎじゃないかな。
「だってあやめさん、うっかりが多そうで、どちらかって言うと守らなきゃいけない妹みたいな」
「し、真剣に答えないでよ……」
本当にそう思っているらしい。小さくなったのだってほんの少しの時間だけだ。まさかその間にお兄さんに目覚めたわけではあるまいな。
「大丈夫ですよ」
唐突な土井先生の言葉に、全員がそちらに注目した。
「女性と子どもでは危険ですから、私も行きます。それなら帰りも問題ないでしょう」
その提案はありがたいようなありがたくないような。きり丸くんに送ってもらうのは問題だが、多分この子はそれでは納得しないだろう。けれど土井先生が一緒なら、確かに問題はない。忍者の先生ならどんなトラブルでも潜り抜けてしまいそうだ。
しかしそれは、思いっきり土井先生に迷惑を掛けるということだ。そこまで手を煩わせるわけにはいかない。怪我の手当てと夕飯だけで十分だ。
「そこまでしていただくわけには」
「はーい!じゃあぼくらも行きたいでーす!!」
断ろうと思ったらは組の子の声が被った。
「お前たちはここで待ってるんだ」
「えーー」
「休み前に出した宿題があっただろう。それを終わらせておきなさい」
「!!!!!」
土井先生とは組のやり取りは、なんだか凄く可愛かった。魔法学校での低学年の頃を思い出す。
そして私が断るつもりだった送っていく話は、いつの間にか決定事項のようだった。被ったことでうやむやにされた気分である。きり丸くんは土井先生も一緒なら文句ないでしょうと、もう行く気満々だ。ここまで張り切った彼を止める術など、私には無い。それにここまで押されて断ったら、私が空気読めない感じじゃないか。
「……では、よろしくお願いします」
「はい!」
...end
無事に帰れました
20130103