「きり丸……」
土井先生の低い声に、うっかり私までびくついてしまった。そんな私に乱太郎くんが宥めるように背中に触れる。
「迷惑掛けた上バイト……、怪我人にまでバイトを手伝わせるんじゃなーい!!!」
「だって暇そうだったから、時間は有効的に使わなくちゃと思ったんですよ」
肩を軽く竦ませてみせたきり丸くんの脳天に、痛そうな拳骨がお見舞いされた。あ、あれ本当に痛そう。は組の子たちはあの土井先生の拳骨を頂いたことがあるのだろう。本人でもないのに苦々しい表情をしている。
私はこっそり自分の隣に座っていた黒木くんに聞いてみた。
「あの拳骨、そんなに痛いの?」
実はこの内職のバイト、何故か私とは組で協力してやる羽目になっていた。元々彼らもやることが無かったのかもしれないが、こうやって皆で作業をやるというのもなかなか楽しい。
「痛いです。でも、一番拳骨もらってるのはきり丸だと思いますよ」
「あー、一緒に居る時間が一番長いもんね」
内職最中にまた少し、彼らのことを聞かせてもらった。黒木くんが墨屋さんで、乱太郎くんのご両親はは半忍半農なんだとか。とりあえず、両親が忍者って結構少ないみたいで意外だった。
怒られているきり丸くんと土井先生を見ていると、何だか本物の親子か兄弟のようだ。でもさすがにこれ以上放っておくことは出来ないので、恐る恐る口を出してみる。
「あ、あの、土井先生、いや、土井さん?」
まず呼び方から躓いた。小さなときのままで呼んでいいのか戸惑ったのと、生徒でもない私が先生なんて言っていいのかと迷ったのだ。
すると土井先生はちょっと困ったように笑って、先生でいいですよ、なんて言ってくれた。年上の男の人にこういうのって失礼かもしれないけれど、すごく可愛いと思いました。まる。
「えっと、きり丸くんは暇潰しみたいな感覚で渡してくれたんだと思うので、怒らないであげてください」
けれどきり丸くんはそんな私のフォローをきょとんとした表情でばっさり切り捨てた。
「え、がっつりやってもらうつもりだったんですけど……あ、」
そうしてそうやってばっさりやった後に、私の意図に気がついたらしい。さっと口に手をやって、しまったみたいな顔をしている。
「あーあ、きり丸ってば」
黒木くんたちが仕方ないなあって笑っているが、助け舟は出さない。というか、もう出す必要も無いだろう。土井先生のこめかみがぴくぴくしている。
きり丸くんはこちらに少し視線を送ってよこすが、私は今度こそ無理だと首を振って、諦めてくれとジェスチャーした。
「き、り、ま、る!」
土井先生のお説教をバックに、私たちは内職を再開する。慣れてきたからか、スムーズに進んでいく。


そうして先生の気が済むころには、すっかりその作業も終わりに入っていた。
「あ、す、すみません。結局やらせることになってしまって……」
「いえ、土井先生が謝ることではないですし、何もしていないよりは何かしていた方が気が紛れるというかなんというか」
「ほーらあやめさんだってむが」
余計なことを言って再び説教を展開させないように、きり丸くんの口を少し強引に塞ぐ。乱太郎くんが土井先生からは見えないところでぶんぶん首を振ってジェスチャーした。ナイスアシストである。
大人しくなったきり丸くんをそのまま黒木くんへ預けて、土井先生へ改めて向き直る。すると先生は、すっかり相好を崩していた。
「短時間で相当仲良くなられたんですね」
その言葉に棘も含みもない、と思う。
「はい。まあ、」
私はそれに素直に照れてしまって、何となく視線を土井先生から外した。
「怪我のほうはどうですか?」
「あ、そんなに酷くもないようなんで、多分大丈夫です。コブにはなってますけど、冷やしてればなんとかなる程度……」
怪我というか、倒れた原因の様子を尋ねられたので答える。そっとその箇所に触れると、やっぱり少し腫れていた。それに触ると痛い。コブが出来ているのだから当たり前なのだろうけど。
そこで土井先生が動いたので視線を戻す。すると驚くべきことが起こっていた。
「すみませんでした」
「え、ちょ、頭を上げてください」
土井先生はしっかり正座した体勢のまま、頭を下げていた。私が座っているからだろうが、思いっきり土下座の形でこちらが慌ててしまう。
「いえ、謝罪はさせてください。何の関係もない人に攻撃して気絶させるなんて、本来ならあってはならないことですから」
「あ、あー、それは本人たちから謝っていただいてますし、そもそも私もあんな場面で紛らわしいことしてたんで」
私を知らない人から見れば、確かに誘拐犯に見えても仕方ない。悪人面だとかそういうことは関係なしに、とりあえず仕方がない。そういう風に見えたことがショックでないといったら、嘘になるけど。
「それにほら、そう酷い怪我でもないですから」
怪我が酷くないというのは事実だが、これで引っ張られてまた学園へみたいな自体は避けたい。責任がどうのこうの言われても保障のしようもないだろうし、しつこいが、ここは後腐れなくこの場で収めてしまった方がお互い楽だ。
「しかし……」
まだ言いよどむ土井先生に、黙ってその様子を見ていたきり丸くんが爆弾発言をかました。
「そんなに気になるなら、責任取っちゃえば良いんじゃないすか?」
ん?
「きり丸、何を言って……」

「土井先生があやめさん嫁にもらうとか」

その発言に私が爆発した。どうしてそんな話になったのか全く分からないが、きり丸くんの表情はいたって真剣だ。冗談を言っているようには見えない。しかしそのターゲットは完全に土井先生のようで、私のほうはちらりとも見なかった。
「何言ってるんだ」
しかし土井先生は特にダメージを受けるでもなく、慌てることも無く、冷静に切り返す。おい、爆発している私が恥ずかしいんですけど。
「そういう話じゃないだろうに……そもそもお前が変にはぐれなきゃなあ、」
きり丸くんと土井先生の会話に移っていく中で、私は自分の頬に手を当てる。この手の冗談なんて半笑いで流せるはずなのに、油断した。どうして動揺したんだ。あーもう!
一人で自問自答していると、そんな私を見ていたらしい黒木くんからこっそり耳打ちされてしまった。
「きり丸は助け舟を出しただけですから……」
「いや、さすがにそれは分かってるよ!!」


...end

分かっているのに動揺した自分が憎いあやめ。穴があったら埋まりたいとはこのことである。
20120102
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -