質問の最中で落ち込む私に、あれやこれやと話しかけてくれるは組の子たちは本当に天使だと思います。
出来てしまったコブに当てていた布を下ろして、もう一度触れてみた。多少痛いがこれくらいならもう冷やさなくとも問題ないだろう。
「痛いですか?」
小さく尋ねてくる乱太郎くんに、私は安心させるように首を横へ振る。
「ま、痛くないって言ったら嘘になるけど、ちょっとだから大丈夫」
それで一先ずほっとしたのだろう。私の周りを囲んでいたは組の子たちが、それぞれに散っていく。自分自身が投げたものが当たってしまったのは、やはり不安だったに違いない。
「あ、そういえば」
こうやって何事もないように質問を受けていられたのは、土井先生という存在が無かったからだ。彼は確かに「あやめちゃん」に何かを感じていたようだし、私もそれをほぼ肯定するような態度をとってしまっている。出来るならもう会わない方向で行きたい。生徒が原因で倒れた私を放っておけなかったのは分からないでもないが、こちらとしては野晒しにしておいてくれた方が心情的には楽な気がしてならなかった。
「土井先生ってどれくらいで帰ってくるか分かる?」
私の隣で座るきり丸くんにそう尋ねれば、彼は少し首を傾げて乱太郎くんへ視線をやった。
「土井先生なんか言ってたか?」
「んー、ぼくはすぐ帰ってくるってしか聞いてないけど」
「オレも」
時計は無いのだから、こういった曖昧な表現になるのは仕方のないことだ。けれど同時に、不便だと思う。こういう時に、元の世界がどれほど便利だったかを考えてしまう。
しかし、こうやって家に運ばれてしまったら、何も言わずに帰るのは不味いだろう。先ほどは会わないまま帰りたいとは言ったが、さすがにそれを実行に移すことは出来ない。
「んー、」
「どうしたんですか?」
「あ、いや、こうやって戻れるなら、早めに宿に帰っておきたいかな、と」
だって荷物が散らばったままのはずなのだ。縮み薬もそのままだろうし、整頓のためにあさった様々なものが放置されている。誰かに見られたり触られたりするのは、できれば遠慮したい代物ばかり。
小さくなったときはどうしようかと背筋が冷えたが、そう掛からずに効果が解けて本当に良かった。……あのタイミングで戻ったのが良いかは別としても。
「でも土井先生からは、一応あやめさんを頼まれていますから、先生が帰ってくるまで安静にしていてくださいね」
乱太郎くんがにっこりと、なんに含みもない笑顔でそんなことを言ってくれた。言ってくれた。
「た、頼まれてる??」
「ええ、あやめさんが帰ったりしないようにって。ほら、あやめさん、学園でもなかなか安静にしてくださらなかったじゃないですか」
「そんな、大人しくしてたよ!?」
まさかそんな風に思われていたなんて。別に無茶したつもりは無いのだけれど……いや、うん。つもりがないだけかもしれない。足の捻挫から熊の流れを指摘されたら何も言えない。
「心当たりがあるって顔してますよ、あやめさん」
「あっはっは」
しかし頼まれているっていうのはどういうことだろう。私自身に後ろ暗いことがあるからか(この場合、縮み薬とか魔法とか魔法とか)、凄く気になるんですけど。
あー何言われるんだろう。そんな気分でがっくりと項垂れていると、きり丸くんがちょいちょいと私の肩をつついた。そちらを見れば、満面の笑顔がそこにある。その意味が分からなくて乱太郎くんに助けを求めれば、苦笑された。なんだか諦めてくださいね!みたいな励ましの笑みのような。
「内職していれば時間なんてあっという間に過ぎますよ!」
そう可愛らしい笑顔のきり丸くんの腕の中には、どうやらその内職の仕事らしき箱。
「もーきりちゃん!また沢山バイト引き受けてきたの?」
乱太郎くんの指摘にも何のその。きり丸くんはあっさりと「土井先生にも手伝ってもらおうと思ってて」と過剰の請負を認めた。
というか内職バイトとかこの時代にあるんですか。そうですか。今更ですね。世界の違いってオソロシイナー。そしてこのきり丸くんの慣れた様子からすると、どうやらこれが日常茶飯事のようだ。
土井先生……。思わず遠い目をしてしまった。でもきっと先生は、きり丸くんを叱りつつも一緒にやってあげるのだろう。
「……まあ、確かに暇なのは事実だから、やってあげようかな」
「アゲル!?」
「きりちゃん!!」
目を銭にしながら飛び跳ねようとするきり丸くんを、乱太郎くんが抑えている。もうなんて言うか、コントにしか思えなくなってきたぞ。
一度笑い始めると、なかなか止まらない。

下らない会話も、ちょっとしたふざけ合いも、今の私には遠くて懐かしい。魔法学校を卒業した身ではあるけれど、その頃のことを考えてしまう。
寮の廊下に転送魔法をランダムに配置し、元気が出る呪文を間違えて電気を放出させるものに変え、気に入らない先生に日本語が聞き取れなくなる薬を混ぜた紅茶を振舞い、禁書を開けたり。って、本当に碌なことしていませんね!!!
それでもこの世界では絶対に出来ないことだ。私は、帰れるのだろうか。
出来るだけ考えないようにしてきた疑問が頭の中をめぐる。こうやってホームシックならぬワールドシックなんて何度起こしたか分からないが、何も今でなくともいいだろうに。
笑いながら不安に蓋をする。大丈夫。私には魔法がある。一人で放り出されても、どこでだって生活していける自信は有る。大丈夫。
こういう時無性に竹谷くんに会いたくなるけれど、我慢。ここが堪え時だ。私から会いに行けば、彼の負担が増えるだろうから。
そんなことを考えながら、きり丸くんから内職の箱を受け取った。


...end

そろそろワールドシックも爆発する頃
20121231
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