「逃げるって、」
「例の二人組みともう二人が、この辺りをうろうろしてるの」
訝しげに繰り返すきり丸くんにそう短く言って、すぐさま歩き出す。音を立てずに走るのは難しいから、出来るだけ早足で。
「うろうろ……でもあやめさん、おれがここに居るって良く分かりましたね。置いてっちゃったのに」
「うん。手段を選んでなんて、いられないから」
「?」
私の言葉にきり丸くんは不思議そうに首を傾げた。けれどこれ以上は鉢合わせしないように集中しなければならない。一応反対側へ逃げるといっても、彼らの動きがリアルタイムで分からない以上、遭遇する危険はなくならないのだ。
「この辺りって結構入り組んでるの?」
「そうっすね。気をつけないと、行き止まりなんかもありますよ。自分も迷子にならないようにしないと」
「……下手したら袋のネズミ状態」
ふと頭に浮かんできたことを口にして、その状況にため息をつくしかない。とりあえず魔法を使える限りどうこうなる可能性はゼロに近いが、進んでそんな状態にはなりたくなかった。
それでも唯一の救いは、きり丸くんが少しはこの迷路を把握していることだ。先ほど走り回ったのと、ここには何度か迷い込んだことがあるらしい。バイトへの近道のために入ったとか何とか。
「確かこっちは行き止まりだから……あ、向こうの方行けば大通りに行けますよ」
「あーでもは組の子と土井先生のこと、私、置いてきちゃってて」
すまなそうにそう言えば、きり丸くんは少し驚いたようだった。
「置いてきた?」
「うん。土井先生の方が私のことを発見してね。忍者って走るの早いんだねえ」
土井先生の俊足を思い出しながらしみじみしてしまう。あんなに早いと色々便利な気がしてならない。勿論魔法が使えないことを前提としているが。
「なら先生たちがその四人と鉢合わせるってことも有り得るってことじゃ」
きり丸くんはそこまで言って、ふと考え込んだ。私もそれを考えなかったわけではないが、正直土井先生が華麗にその四人組を倒している想像しか出来ない。この想像の中ですらこの安定感。さすが先生である。
「まあ、土井先生がいるんなら問題ないでしょうけど」
「奇遇だね、きり丸くん。私もそう思ったよ」
二人して顔を見合わせて、大通りの方へと向かうことにする。とりあえず、こちらは身の安全を確保だ。
「……あやめさん、」
顔を見合わせた状態のまま、きり丸くんが私を呼ぶ。何かと言いかけて、私もそこで違和感に気がついた。
二人の視線が、同じくらいだ。
さっと自分の身体に視線を巡らせる。立っているところはきり丸くんと同じ高さだし、これはもしかしなくても。
「このタイミングで戻るとか……!!」
助かることのはずなのに嬉しくない。これでは大通りの方に逃げるという選択肢がなくなってしまった。どれくらいの時間を掛けて戻るのかは分からないが、人の眼に留まる速度であることは間違いない。現にきり丸くんはすぐに気が付いた。
これで私は、二つの集団から逃げなければならないということになる。この状態で学園関係者に会うのは不味い。例えそれが一年生でも、何かに感づいているであろう教師でも。
「きり丸くんは大通りの方に向かって。私は完全に戻るまでどうにかやり過ごすから」
「そ、そういうわけにはいかないですって」
きり丸くんが慌てて私の着物の裾を掴む。私の身長はすでにきり丸くんを超えている。軽く腕を振って着物のサイズを変化させた。
「私はこのまま人の居る方へはいけないし、そうしたら多分、一人のほうが見つからない。大丈夫。戻ったら適当に締めて転がしておけば、」
話の途中で砂を踏む音がする。じゃり、というそれは、私たちを黙らせるには十分だった。とりあえず、きり丸くんだけを離脱させるのは諦めた方がいいのだろう。歩く音まで聞こえる距離では、相手に走られてしまえばあっという間に追いつかれてしまう。
二人して顔を見合わせて、それから出来るだけ音を立てないように進む。舗装されていないために無音というわけにはいかないが、相手の足音に紛れるくらいにはなっている。普段よりも軽い自分の身体が役立った。今だけ。
足を進めるたびに一歩が大きくなっていくのが分かる。きり丸くんも声を上げたいのを我慢しているようで、手のひらで口を覆っていた。
「あ、歩きながら成長する人初めて見ました……」
「二度目の奇遇。私も歩きながら成長したのは初めてだよ」
繋がれていた手は、いつの間にか私のほうが大きくなっていた。ぎゅっと握ると、きり丸くんもぎゅうぎゅう返してくる。目の前で人が多大なる変化を遂げたというのに、本当に動じませんね!嬉しいけれど何だか複雑だ。
ぐるぐる歩き回っているうちに、どうやら少しは四人組たちと距離が出来たらしい。砂利を踏む音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
「撒いたかな」
「撒けましたかね」
二人で視線を合わせて、ほっと息をつく。良かった。
「じゃあ後は、は組の子たちときり丸くんが合流すれ」
話している途中で、後頭部に衝撃が走った。鼻の奥の方で血の味を感じて、嫌な予感に包まれる。まさか、あの四人組が――。





「あれ、初めて敵に当たった!」
「あ、ちょ、あの人敵じゃないよ!あれがあやめさんだってば!!」
「え、でもきり丸が浚われそうに……」
「なってねーよ!わあああやめさーん」
きり丸くんの慌てた声が少し遠くに聞こえる。というかこの会話からして、私は間違えては組の子たちに攻撃を受けたと捉えていいんですか。そうですか。
聞こえたのはきり丸くんの呼び声が最後で、私の意識はそこから切れた。


...end

「あやめさん!」
「た、多分のーしんとう起こしてるだけだと思う。大丈夫だよ……と言うよりきりちゃん。どうしてあやめさんと一緒に居るの?あやめちゃんは?」
「い、家に帰った!」
20121216
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -